榧寺(かやでら) 


 寺社の種類:浄土宗の寺院
 山号:池中山、院号:盈満院
 創建の時期:慶長4年(1599年)、開山:普光観智国師
 本尊:阿弥陀三尊
 札所:ー
 所在地:東京都台東区蔵前3丁目22ー9
 訪問日:2025年6月6日

 

東京都台東区蔵前にある法林寺は浄土宗の寺院です。

『正式名称は「池中山盈満院正覚寺」ですが、境内に茂っていた榧(かや)の木が火災から寺を守ったという逸話から、江戸時代より「榧寺」と呼ばれるようになりました。

創建者の普光観智国師は、徳川家康の師であり、増上寺の中興開山でもあります。』copilot(2025/6)

榧寺の本堂
葵の紋が施された榧寺の本堂
境内に飴舐め地蔵、お初地蔵
ガラス張りの中に石碑
高村光雲作という厄除地蔵尊
銅造観音菩薩坐像の案内板
石川雅望の墓案内板

江戸後期の国文学者・石川雅望の墓があり、都教育委員会の案内板がありました。

 

 《銅造観音菩薩坐像》台東区教育委員会の案内板

本観音菩薩坐像は銅製、鋳造で、総高が二〇八.四センチメートル、像高は一〇〇.二センチメートルである。

像に刻まれた銘文によると、宝暦年間(一七五一~一七六四)に室生寺の僧、快心の発願によって江戸の鋳物師、粉川市正が制作し、当寺の本堂前に安置した。

粉川市正は江戸神田を拠点に、江戸時代中期から明治時代にかけて活躍した。代々、粉川市正を名乗り宗信、宗次、国信など五代から七代ほど続いたと考えられ、全国に一〇〇例以上の作例が知られる。

本像を制作したのは、他の作例から粉川市正藤原宗信と推定される。また文政十年(一八二七)に丸山佐助が、本像を修理するために多くの浄財を募り、多川民部が修理を行なった。

多川民部は正徳年間(一七一一~一六)以降に活躍した鋳物師で、神田鍛冶町三丁目(千代田区)に居住していた。遺例はわずかであることから、本像は多川民部の活動の一端を知る貴重な資料である。

本像は、台座に刻まれている銘文から奉納者、制作者、制作年代などを知ることができる。また、江戸を代表する鋳物師の作風を伝えるものとして貴重な遺品であり、江戸時代の鋳物師の技術、活動を知る上での基準となるものである。

平成二十三年三月に台東区有形文化財(彫刻)として台東区区民文化財台帳に登載された。

平成二十七年三月 台東区教育委員会

 

 《東京都指定旧跡 石川雅望墓》東京都教育委員会の案内板

石川雅望(一七五三一一八三〇)は江戸後期の国学者、狂歌師です。株館糟屋七兵衛こと浮世絵師石川豊信の子として生まれ、六樹園、五老斎などと号しました。

国学を津村漆庵、狂歌を太田南畝らに学び、狂名を宿屋飯盛といいました。天明年間に狂歌檀に台頭し、狂歌四天王に数えられます。

寛政三年、宿屋経営に関連して江戸を一時離れますが、このころ、国学に務め「源註余滴」や「雅言集覧」を著します。

文化期には狂歌檀に復帰し、文化文政時代の狂歌界を鹿津部真顔と二分する勢力となります。

真顔の俳諧歌体に対して俗情俗語の狂歌の軽妙さを主張しました。

「(百人一首)古今狂歌袋」などの狂歌絵本や「万代狂歌集」などの狂歌採集の他「草まくら」などの紀行文もあります。

平成二四年三月建設 東京都教育委員会

 

 浄土宗(じょうどしゅう)

法然上人を宗祖とする浄土教の一派。浄土三部経を所依の聖典とするが、観無量寿経を重視して専修念仏によって極楽浄土への往生を宗旨とする。総本山は京都の知恩院。

 

 阿弥陀如来(あみだにょらい)

大乗仏教の仏。西方の極楽浄土の教主で生あるものすべてをすくう仏様。念仏により浄土に往生できるという阿弥陀信仰が鎌倉時代にさかんになり、浄土宗浄土真宗時宗などの浄土教宗派が成立した。

阿弥陀如来像は質素な形で如来の通相と呼ばれる姿をしています。小指を除く三指と親指で輪にした九品来迎印(くぼんらいごういん)を結んでいるのが特徴です。

 

 法然(ほうねん)・円光大師・黒谷上人

鎌倉初期の僧。浄土宗の開祖。1147年比叡山で源光の門に入り天台を学んだ。1150年教学などに対する疑問を生じ西塔黒谷の叡空のもとに隠棲し、法然房源空と称した。

 

 浄土宗(じょうどしゅう)

法然上人を宗祖とする浄土教の一派。浄土三部経を所依の聖典とするが、観無量寿経を重視して専修念仏によって極楽浄土への往生を宗旨とする。総本山は京都の知恩院。

 

 浄土真宗(じょうどしんしゅう)

法然上人の弟子の親鸞上人を開祖とする浄土教の一派。浄土三部経を所依の経典とするが、特に無量寿経により阿弥陀仏の本願の信心を重視し、称名念仏は仏恩報謝の行であるとするのを宗旨とする。門徒宗、一向宗とも呼ばれます。

 

 時宗(じしゅう)遊行宗(ゆぎょうしゅう)

日本仏教の一宗派。念仏系の宗派で1276年一遍(いっぺん)が開いた。阿弥陀経を根本経典とし経中の臨命終時の言葉を宗の名とした。

 

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