東京都調布市にある日蓮宗の寺院です。成田山新勝寺から勧請した不動明王を安置していることから、「調布不動尊」と呼ばれています。
蓮慶寺は『山号は「惺誉山(せいよざん)」で、本尊は三宝尊です。もともと真言宗の閻魔寺として存在していましたが、戦国時代に中条出羽守が日蓮宗に改宗し、池上本門寺第十二世の佛乗院日惺聖人を開山として再興されました。
調布市指定の文化財である本堂や日蓮聖人坐像があり、歴史的価値が高い場所です。また、赤門(朱塗りの山門)が特徴的で、江戸時代には徳川家光から寺領を与えられた御朱印寺としても知られています。』(copilot 2025/3)
《蓮慶寺の由来と復興事業》
當山蓮慶寺は、日蓮宗大本山池上本門寺の直末で、山号を惺誉山と云う。開山は池上本門寺第十二世佛乗院日惺聖人(遷化慶長3年7月6日、1598年)。開基は小田原北條十二将の一人、布田の領主中将出羽守(下總鴻ノ台合戦戦死天正元年1573年)その法号を正天院日譽と云う。
開山と開基の法号にちなみ惺誉山と称する。過去帳史料によると、もと眞言宗闇魔寺を中将出羽守が永禄年中改宗し草創と伝える。今開山日惺聖人筆慶長三年の御曼荼羅本尊を寺宝としている
江戸時代に入り、徳川三代家光将軍家より、慶安4年、御朱印地が下賜され、以降歴代将軍家の菩提を回向する御朱印寺として、赤門設立と、住職の乗駕が許されてきた。今歴代将軍葵紋付き位牌と香炉を現存し、法灯現住職第四十九代を経てきた。
草創以来三世紀の間、當山檀信徒の護寺丹精は、永く伝統を継承してきたが、歴史の風雪は本堂、山門を老朽化させた。ために今日の當山檀信徒は、異体同心、結願して昭和四十二年本堂の大改修を完成させ、更に宗祖第七百年遠忌の報恩事業として、赤門復興の浄願を発起して全檀信徒による勧募浄財によって昭和五十四年四月十五日祥當第七百年を前にして完成をみた。
復興とはいえ伝統と檀信徒先祖の威霊を宿す四脚門の旧赤門を取り毀すにあたり、惜別の情迫るものがあり、ここに冠木門部分のみを保存し、後世への遺産とした。
昭和五十四年四月 宗祖第七百年遠忌事業委員会
仏教の一宗派。鎌倉時代に日蓮が開いた。法華経を所依(しょえ)とし南無妙法蓮華経の題目を唱える実践を重んじ、折伏(しゃくぶく)・摂受(しょうじゅ)の二門を立て、現実における仏国土建設をめざす。
鎌倉時代の僧。日蓮宗の開祖。安房小湊の漁師の子という。17歳ころから鎌倉・比叡山などで11年間修行研鑽し、法華経こそ至高の経典であるとの確信を得、1253年故郷の清澄山頂で題目を高唱して開宗した。
仏教の一宗派。鎌倉時代に日蓮が開いた。法華経を所依(しょえ)とし南無妙法蓮華経の題目を唱える実践を重んじ、折伏(しゃくぶく)・摂受(しょうじゅ)の二門を立て、現実における仏国土建設をめざす。