東京都杉並区にある曹洞宗の寺院です。
長泉寺は『1648年(慶安元年)に創建されました。もともと世田谷区烏山にありましたが、火災の後、1655年(明暦元年)に現在の場所に移転しました。
本尊は大日如来で、境内には観音堂や文化財として指定されている板絵着色西国巡礼図などがあります。観音堂には西国三十三観音像が安置されております。』(copilot 2025/3)
《長泉寺》
萬年山長泉寺は曹洞宗の寺院で、本尊は16世紀初めに作られた木造大日如来坐像です。開山は武蔵国多摩郡和泉村(現・狛江市) の雲松山泉龍寺2世欄室関牛大和尚(らんしつかんぎゅう)といわれています。
当寺は慶安元(1648)年、世田谷区の鳥山にあった、通称「お伊勢の森」に開創しましたが、2年後火災に遭い、 明暦元(1655)年に日本橋から約17キロメートル(約4.35里)のこの地に移ったと伝えられます。現在の本堂・客殿・ 庫裏(くり)は、平成23(2011)年10月に整備されたものです。
本堂前の観音堂は「円通閣(えんつうかく)」といい、享保13年(1728年)に建立されたもので、西国巡礼の三十三観音像が安置されています。また、堂内に納められている板絵着色西国巡礼図(杉並区指定有形文化財)は、狩野派の絵師中田小左衛門が描いたもので、近世の風俗を知る上で貴重な資料です。
このほか、文化財としては承応 3(1654)年、貞享元(1684)年銘の地蔵をはじめ石像や庚申塔も多く、本堂の前には区内でもめずらしい十六羅漢の石仏も安置されています。
また、境内の老赤松の下には文化14 (1817)年銘の徳本行者真筆による石塔や、天保11 (1840)年に造られしゃた釈迦如来・文殊菩薩・普賢菩薩の三尊仏があり、墓地にはかつて上高井戸宿の本陣であったといわれる「並木氏(武蔵屋銘)の墓」(杉並区登録有形文化財)があります。
なお、大正の初め頃までは、境内で「長泉寺の馬駆」 (4月)、「長泉寺の相撲」 (8月)が行われ、近村にも有名でした。
仏教の一宗派。鎌倉時代に日蓮が開いた。法華経を所依(しょえ)とし南無妙法蓮華経の題目を唱える実践を重んじ、折伏(しゃくぶく)・摂受(しょうじゅ)の二門を立て、現実における仏国土建設をめざす。
真言密教の教主。諸仏、諸菩薩の根元をなす理智体で宇宙の実相を仏格化した根本仏とされる。智徳の表現が金剛界大日、理徳の表現が胎蔵界大日とされ、天台宗では大日如来と釈迦如来は法身、応身で同体とし、真言宗では釈迦如来は顕教の教主とみて異体とする。
鎌倉時代の僧。日蓮宗の開祖。安房小湊の漁師の子という。17歳ころから鎌倉・比叡山などで11年間修行研鑽し、法華経こそ至高の経典であるとの確信を得、1253年故郷の清澄山頂で題目を高唱して開宗した。
真言密教の教主。諸仏、諸菩薩の根元をなす理智体で宇宙の実相を仏格化した根本仏とされる。智徳の表現が金剛界大日、理徳の表現が胎蔵界大日とされ、天台宗では大日如来と釈迦如来は法身、応身で同体とし、真言宗では釈迦如来は顕教の教主とみて異体とする。
仏教の開祖。世界4聖の一人。ネパール南部の釈迦族の王子として紀元前6から前5世紀に生まれる。苦行ののち悟りをひらきインド各地で布教して80歳で没したとされる。
はじめは実在の釈迦をさしたが入滅後、超人化・神格化されて信仰・崇拝の対象となる。日本には6世紀、百済からその教えがつたわった。
仏教の開祖。世界4聖の一人。ネパール南部の釈迦族の王子として紀元前6から前5世紀に生まれる。苦行ののち悟りをひらきインド各地で布教して80歳で没したとされる。
はじめは実在の釈迦をさしたが入滅後、超人化・神格化されて信仰・崇拝の対象となる。日本には6世紀、百済からその教えがつたわった。