東京都新宿区夫婦坂にある日蓮宗の寺院です。
本牲寺は『江戸時代初期に三田佐兵衛尉守綱(みたさへえのじょうもりつな)によって創建されました。彼の隠居所を基にして建立され、その後、日蓮宗の寺院として発展しました。
江戸城本丸から移された北向毘沙門天堂を有しており、この毘沙門天像は太田道灌時代から伝わるものとされています。また、境内には江戸時代の国学者である萩原宗固(はぎわらむねかた)の墓があり、新宿区の登録史跡となっています。』(copilot 2025/3)
下総国小金宿平賀(千葉県松戸市)本土寺の末寺です。戦前は四ツ谷の毘沙門さまとして賑わていました。本堂、山門、毘沙門堂は戦災で焼け残った貴重な建物と言います。
仏教の一宗派。鎌倉時代に日蓮が開いた。法華経を所依(しょえ)とし南無妙法蓮華経の題目を唱える実践を重んじ、折伏(しゃくぶく)・摂受(しょうじゅ)の二門を立て、現実における仏国土建設をめざす。
鎌倉時代の僧。日蓮宗の開祖。安房小湊の漁師の子という。17歳ころから鎌倉・比叡山などで11年間修行研鑽し、法華経こそ至高の経典であるとの確信を得、1253年故郷の清澄山頂で題目を高唱して開宗した。