東京都新宿区新宿にある神社です。慶安元年(1648)尾張公の別邸内に稲荷神社として創建したといいます。当地にあった三光院が別当寺を務めていたことから三光院稲荷と呼ばれていたとも、尾張家の邸内が花園につつまれていたことから花園稲荷とも伝えられます。
明治時代の神仏分離で三光院と分離、稲荷神社として村社に列格、大正5年に花園稲荷神社と改号しました。昭和3年には雷電稲荷神社を合祀、郷社に列格しました。さらに昭和40年には境内社の大鳥神社を合祀、花園神社と改号しました。
境内には芸能浅間神社があり玉垣には多くの芸能人の名前が書かれています。藤圭子の「恵子の夢は夜開く・・」の歌碑もあります。
積み重なった岩の上に小さな社、ここは新宿富士塚です。石祠の傍には元講社の石碑がありました。
新宿の繁華街の神社といこともあり11月の酉の市は商売繁盛の熊手を求めて、毎年60万人もの人で賑わい関東三大酉の市の一つと言われています。
古事記、日本書記に登場する神です。須佐之男命と神大市比売の子です。農耕の神、商工業の神、商売繁盛の神としても信仰されていて全国の稲荷神社で祀られています。
日本の古代史における伝承上の英雄。景行天皇の皇子です。気性が激しいため天皇に敬遠され、九州の熊襲(くまそ)や東国の蝦夷(えぞ)の討伐に遣わされたといわれています。風土記なども含めてさまざまな伝説が残っています。
日本神話に登場する神で出雲神話の祖神とされています。伊弉諾尊(いざなぎのみこと)、伊弉冉尊(いざなみのみこと)の子で天照大神の弟とされています。
高天ヶ原で多くの乱暴を行ったことで天照大神が怒り天の岩戸にこもり、高天ヶ原から追放されました。出雲に下り八岐大蛇を退治し奇稲田姫命(くしなだひめ)を救ったとされています。
第12代天皇(在位:71年7月11日~130年11月7日 )垂仁天皇の第三皇子。都は大和の纏向日代宮(まきむくのひしろのみや)。熊襲くまそを征討し、皇子の日本武尊(やまとたけるのみこと)を派遣して蝦夷を平定したという。陵墓は奈良県天理市渋谷町の山辺道上陵。