小沢古城 


 城郭の構造:山城
 築城の時期:-
 廃城の時期:-
 主な城主:横山党小沢氏?
 所在地:神奈川県愛甲郡愛川町角田
 訪問日:2024年11月7日

 

高田橋を渡ると石垣の上に諏訪神社が祀られています。ここは武蔵七党の一つ横山党小沢氏の城址と言います。

wikipediaによると「標高80メートルほどの丘陵地帯に立地し、城の北東側はすぐに相模川右岸に接する要害の地である。東に相模川が迫り、南と西、北側を丘陵の稜線に囲まれすり鉢状の窪地となった場所を「城の内」と呼んで曲輪とし、周囲の稜線を天然の土塁とする古い形態の城という」

諏訪神社の石段
小沢城址の案内板

《小沢古城址・愛川町教育委員会》

小沢には二つの城址があり、そのうちの一つは当地の豪族小沢氏の館跡である。小沢氏は、平安時代の末期から鎌倉時代にか けて活躍した武士団武蔵七党のうち、八王子を拠点にして栄えた横山党の一族で、代々ここに館をかまえて支配した。対岸の田名氏、上流の小倉氏も共に横山党の一族であった。

東方は断崖をもって相模川にのぞみ、西方は沢の渓流に接し、北方は三栗山の峰に連なり、南方は展望を良くしていた。館への入口は西方の沢に橋を架け、そこから登板して正門に至ったという。以前には、架橋跡・門跡などがあったと伝わるが今はない。

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