宋泰寺 
鎌倉時代後期の創建とされ、江戸時代後期の地誌「新編相模国風土記稿」には真言宗延命寺末 本尊十一面観音と記載されています。江戸時代と明治22年(1889年)と2回の火災に遇っていることから詳しい由緒は不明と言います。
十王像は貞享2年(1685年)鎌倉扇ヶ谷の仏師加賀の作と言います。十王および奪衣婆坐像は逗子市の文化財に指定されています。
大黒天は古来インドではマハーカーラーといい中国語に意訳して大黒という。仏法を護り穀物の豊饒を司る神で又人畜を保護する神、生産の神として尊敬され、貧困無福の衆生に大福徳を施す為に現れた施福施財の善神とされている。日本では中世以後特に寺院の厨房の柱に祭られて大黒柱の名前が出た。我が国では室町時代以後七福神の一つとして飲食の神、財福の神として信仰されるようになった。伝来当初の像は三面六臂であったが今日では衆知の如く頭巾をいただき右手に打出の小づち、左かたに大袋をせおい俵をふんで立つ財宝の豊かさを示す姿が多い。
御真言 オンマカギヤラヤソワカ
逗子桜山海向山 宗泰寺
真言宗の宗派である。総本山は金剛峯寺。高野宗・高野派とも呼ばれる。全国に約3700の末寺がある。
大乗仏教の仏。西方の極楽浄土の教主で生あるものすべてをすくう仏様。念仏により浄土に往生できるという阿弥陀信仰が鎌倉時代にさかんになり、浄土宗、浄土真宗、時宗などの浄土教宗派が成立した。
阿弥陀如来像は質素な形で如来の通相と呼ばれる姿をしています。小指を除く三指と親指で輪にした九品来迎印(くぼんらいごういん)を結んでいるのが特徴です。
法然上人の弟子の親鸞上人を開祖とする浄土教の一派。浄土三部経を所依の経典とするが、特に無量寿経により阿弥陀仏の本願の信心を重視し、称名念仏は仏恩報謝の行であるとするのを宗旨とする。門徒宗、一向宗とも呼ばれます。