日枝神社 


 寺社の種類:神社
 創建の時期:享保11年(1726年)
 御祭神:猿田彦命
 本殿の形式:一間社流造
 境内社:大六天社
 所在地:東京都町田市鶴間6丁目21ー24
 訪問日:2024年1月23日

 

大山街道沿いにある神社です。町田市史「鶴間熊野神社」によると、鶴間熊野神社の境外社だと言います。

日枝神社の鳥居
住宅地に日枝神社の鳥居
日枝神社の社
鉄格子が張られた小さな社
本殿の内部
町田市の案内板
境内社は第六天社

本殿は町田市指定有形文化財に指定されています。

 

 《町田市指定有形文化財 日枝神社本殿》現地の案内板

所在地 町田市鶴間六丁目二十一番二十四号

特? 一間社流造・こけら葺き

年代 享保十一年(一七二六年)

指定 二〇一八年一月二十四日

身舎桁行三.三三尺(1〇〇〇ミリメートル)、同梁行二.九三尺(ハハハミリメートル)、底梁行二.五一尺(七六一ミリメートル)

鶴間村の村社であった熊野神社本殿を移した遺構で、身舎内の墨書と棟札写しから、建築には鎌倉乱橋村の大工・蔵並七郎兵衛、愛甲郡飯原村(半原村)の木挽・小嶋佐五右衛門、武蔵国多摩郡鶴間村の屋根葺・西本市兵衛が関わったことが判明している。大工の蔵並家は重要文化財の光明寺本堂(一六九八年・鎌倉市)などを手掛けた。

鎌倉の有力大工家であり、当本殿は、町田の近世建築で鎌倉大工(蔵並家)の関与が判明する唯一の事例として貴重である。比較的小規模ながら、創建時の部材と形式をよく留め、木部は欅材をふんだんに用い、拭き漆仕上げする部分が多いこと、細部まで丁寧に作られていること、屋根は地元の職人がかかわったこけら葺きが当初形式を留めていることなどにおいても大変貴重な建造物である。

町田市教育委員会 二〇一九年三月設置

 

 猿田彦神(さるたひこのかみ)

日本神話に登場する神。天孫降臨に登場する神で、天照大神に遣わされた瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)を道案内した国津神です。伊勢国五十鈴川のほとりに鎮座したとされ、中世には庚申信仰や道祖神と結びつきました。

 

 邇邇芸命・瓊瓊杵尊・瓊々杵尊・彦火瓊瓊杵・火瓊瓊杵(にぎにぎのみこと)・天津彦彦火瓊瓊杵尊(あまつひこひこほのににぎのみこと)

日本神話に登場する神様。天照大神(あまてらすおおみかみ)の孫。天忍穂耳尊(あまのおしほみみのみこと)の子。天照大神の命で葦原の中つ国を統治するため、高天原から高千穂峰に天降ったとされる。木花開耶姫(このはなのさくやびめ)を妻とし、彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)を生んだ。

 

 庚申信仰(こうしんしんこう)

十干十二支の一つ庚申の日の禁忌を中心とする信仰。中国では道教の説で庚申の夜睡眠中に体内の三尸虫(さんしちゅう)が逃げ出してその人の罪を天帝に告げると言い虫が逃げぬよう徹夜する風習があった。

 

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