日枝神社 
大山街道沿いにある神社です。町田市史「鶴間熊野神社」によると、鶴間熊野神社の境外社だと言います。
本殿は町田市指定有形文化財に指定されています。
所在地 町田市鶴間六丁目二十一番二十四号
特? 一間社流造・こけら葺き
年代 享保十一年(一七二六年)
指定 二〇一八年一月二十四日
身舎桁行三.三三尺(1〇〇〇ミリメートル)、同梁行二.九三尺(ハハハミリメートル)、底梁行二.五一尺(七六一ミリメートル)
鶴間村の村社であった熊野神社本殿を移した遺構で、身舎内の墨書と棟札写しから、建築には鎌倉乱橋村の大工・蔵並七郎兵衛、愛甲郡飯原村(半原村)の木挽・小嶋佐五右衛門、武蔵国多摩郡鶴間村の屋根葺・西本市兵衛が関わったことが判明している。大工の蔵並家は重要文化財の光明寺本堂(一六九八年・鎌倉市)などを手掛けた。
鎌倉の有力大工家であり、当本殿は、町田の近世建築で鎌倉大工(蔵並家)の関与が判明する唯一の事例として貴重である。比較的小規模ながら、創建時の部材と形式をよく留め、木部は欅材をふんだんに用い、拭き漆仕上げする部分が多いこと、細部まで丁寧に作られていること、屋根は地元の職人がかかわったこけら葺きが当初形式を留めていることなどにおいても大変貴重な建造物である。
町田市教育委員会 二〇一九年三月設置
日本神話に登場する神。天孫降臨に登場する神で、天照大神に遣わされた瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)を道案内した国津神です。伊勢国五十鈴川のほとりに鎮座したとされ、中世には庚申信仰や道祖神と結びつきました。
日本神話に登場する神様。天照大神(あまてらすおおみかみ)の孫。天忍穂耳尊(あまのおしほみみのみこと)の子。天照大神の命で葦原の中つ国を統治するため、高天原から高千穂峰に天降ったとされる。木花開耶姫(このはなのさくやびめ)を妻とし、彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)を生んだ。
十干十二支の一つ庚申の日の禁忌を中心とする信仰。中国では道教の説で庚申の夜睡眠中に体内の三尸虫(さんしちゅう)が逃げ出してその人の罪を天帝に告げると言い虫が逃げぬよう徹夜する風習があった。