世田谷代官屋敷 
観光地の種類:史跡・観光地
所在地:東京都世田谷区世田谷1丁目29-18
訪問日:2023年6月4日
江戸時代中期以来、彦根藩世田谷領20か村の代官を世襲した大場家の役宅で、世田谷代官屋敷とも呼ばれています。
彦根藩は譜代大名筆頭の30万石の所領を与えられていました。江戸時代の初め、井伊家の江戸屋敷賄料として世田谷、弦巻、用賀、瀬田などが与えられました。大場家は明治維新まで世田谷領の代官を世襲していました。
江戸時代のはじめ、大場氏は彦根落井伊家領世田谷(二十三百石会)の代官職を務め、明治維新に至るまで世襲していました。この屋敷地はその代官役所として使用した居宅を含む屋敷跡です。
大場氏は中世に世田谷城主であった吉良家の重臣でしたが、天正一八年(一五九〇)の豊臣秀吉による小田原攻めにより、北条方についた主家吉良家が没落すると、世田谷新宿(上町)に留まり帰農していました。寛水一〇年(一六三三)、井伊家が世田谷領一五箇村(後に二〇箇村)を拝領した際に、代官に起用されました。以後、明治四年(一八七一)の廃藩置県に至るまで代官職を継ぎ、領内を統治してきました。
屋敷は江戸中期の建築であり、代官所の中心である母屋は約七〇坪(約二三一・四平方メートル)、茅葺きの寄棟造りで、茅きの表門、土蔵、白州跡などの一部が今も現存し、時の代官屋教の面影を伝えています。
平成二二年三月建設 東京都教育委員会