池尻稲荷神社 
寺社の種類:旧村社
創建の時期:明暦年間(1655~1657年)
御祭神:倉稲魂命
本殿の形式:木造流造
境内社:清姫稲荷神社、水神社
札所:-
所在地:東京都世田谷区池尻2丁目34-15
訪問日:2023年6月4日
旧池尻村、池沢村の鎮守社で、古くから火伏せの稲荷、子育ての稲荷として崇敬を集めた神社です。境内の涸れずの井戸、薬水の井戸の伝承が残る神社としても知られています。
拝殿の脇には清姫稲荷神社があります。御神体は白蛇と伝えられています。手水舎前には水の神様を祭った水神社があります。
世にお稲荷様と申し上げている稲荷神社は宇迦之御魂神(ウガノミタマノカミ)をお祀りしたもので、今から約千三百年の昔、和銅四年の二月の初午の日に京都の伏見に稲荷神社が鎮座したのが始まりです。
この神は、「稲がなる」イナリの別名が示すように五穀の成育や全ての産業を育成する広大な御神徳のある神様ですから、あらゆる人々の信仰をうけ、全国各地の神社や邸内に祀られています。
当池尻稲荷神社は、今から約三百五十年前の明暦年間(江戸時代の初期)に旧池尻村・池沢村の両村の産土神(ウブスナガミ)として創建鎮座になったものでそれより村の共同生活と信仰の中心として現在に至りました。
俗信仰として古くから「火伏せの稲荷」「子育ての稲荷」として霊験あらたかと伝えられており、又、江戸時代の随筆集にも池尻村の産土神は特に氏子の加護をする旨の奇談が掲載されています。
当時は大山街道(現在の旧道)のほとりに、常光院の一隅に勧請されたもので、村民の信仰は勿論のこと、当時矢倉沢往還(今の二子玉川方面道路)と津久井往来(今の上野方面バス道路)の二つの街道からの人々が角屋、田中屋、信楽屋の三軒の茶屋(三軒茶屋の起源)で休憩して江戸入りする道筋にありました。
又、江戸から大山詣での人々が大坂(現在、目黒区青葉台通り、三菱UFJ銀行青葉台分館を経て大橋への坂道、当時は大変な急坂で農民泣かせといわれた)を下った道筋で道中の無事を願い、感謝する人々の信仰が篤く、現今も遠方の崇敬者が多いのは当時からの御神徳のあらわれであります。
なお、境内にある井戸水は京都伏見の薬力明神の神託による霊水として知られております。
古事記、日本書記に登場する神です。須佐之男命と神大市比売の子です。農耕の神、商工業の神、商売繁盛の神としても信仰されていて全国の稲荷神社で祀られています。
日本神話に登場する神で出雲神話の祖神とされています。伊弉諾尊(いざなぎのみこと)、伊弉冉尊(いざなみのみこと)の子で天照大神の弟とされています。
高天ヶ原で多くの乱暴を行ったことで天照大神が怒り天の岩戸にこもり、高天ヶ原から追放されました。出雲に下り八岐大蛇を退治し奇稲田姫命(くしなだひめ)を救ったとされています。