福寿院(箱根観音) 
箱根町にある曹洞宗の寺院です。旧街道から石段の道を下ると本堂があります。正面には台湾式の光明消災燈が所狭しと飾られています。観音さまのご加護でどんな苦難、災いも必ず取り除かれると言われている灯りです。
かつて台湾の寺から日本に留学していた2人の尼僧が帰国にあたり福寿院を訪ね、当時の住職の提案で台湾彰化県の清水岩寺と姉妹寺院の関係を結ぶことになりました。
また本堂のわきには開運出世慈母観音菩薩の分身である跨ぎ撫で観音があり、自らの悪い場所と同じ場所を撫でると身心の願いが成就するとされ、子授けや安産にもご利益があると言われています。
◎観音澤地名の由来と観音霊泉
古老の口伝に「徳川の初期観音霊泉を発見し聖観世音を安置奉安して一生を終る、世に観音沢への上人と敬慕せらる」と以來今日まで多くの旅行者がこの観音霊泉にて病気と癒し身魂を洗い清むる箱根唯一の名湯「長命美人の湯」と喧伝されている。
◎箱根観音秘佛の由来と福壽院
当山創立者 島倉禅龍 不思議の靈感奇瑞を得て、此由緒ある観音沢上人の聖地こそ、自分自らの五十年来悲願の観音聖堂御建立の地、護法終焉の地と決意し三国伝来の秘佛中国名僧葛麗成師が中国の武定二年九月(西暦五四四年今より一四五九年前)一刀禮三鎮刻せし、箱根観音(開運出世慈母観世音菩薩)の御奉安を誓願致し、昭和五十一年十月茲に宗教法人大慈悲山福壽院を正式開山草創せり。
その本堂施無畏殿にて日夜報恩の勤行を修し、御開山禪龍御師正)御開基(禪龍御両親)とそして天領関所箱根路に於ける観音澤に無辜に消えた、無?の諸精霊と虔んて御供養申上げ、日々光明の圓満生活成就を熱祷することが福壽院建立開創の本盲である。
昭和五十三年十月吉日
禅宗の一派。中国の禅宗第六祖慧能の法系である洞山良价 (807~869年) を祖とする。中国禅宗五家七宗の一つ。鎌倉時代に道元が入宋して伝えた。福井県の永平寺と神奈川県の総持寺とを大本山とする。
鎌倉時代の仏僧。曹洞宗の開祖。内大臣久我通親の子。幼くして比叡山に上ったがその教学に疑問をもち、栄西について禅を学び1223年明全(みょうぜん)とともに入宋した。天童山で如浄の印可を受け1228年帰国した。