法華寺 


 寺社の種類:天台宗の寺院
 山号:熊野山、院号:全寿院
 創建の時期:神亀元年(724年)、創建・全寿上人
 本尊:阿弥陀三尊
 札所:-
 所在地:神奈川県横浜市港北区師岡町1168
 訪問日:2023年5月16日

 

神亀元年、全寿と云う僧がこの地に住み着き法華経を読誦したのが始まりとされています。

法華寺の参道に石柱
境内に六地蔵
法華寺の山門
山門に扁額
法華寺の本堂
本堂と石灯籠
本堂の扁額
法華寺の太子堂
太子堂
横浜市有形文化財の大般若経

江戸期末までは熊野権現と法華寺が一体でしたが明治の神仏分離令により熊野神社が分離されました。

 

 《法華寺 縁起》現地の案内板

当山は熊野山全寿院法華寺と号す

伝承として貞治三年住僧瑞海の記せし縁起によれば神亀元年全寿と云う僧何処より来たりて当山に居住し専ら法華経を読誦年かさねある暁夢の中に熊野証誠権現の告をうけ阿弥陀の像を大和春日明神より負い当所に小詞を造り安置したこの尊像が当山のご本尊たりその後仁和元年光孝天皇の御后妃御願成就に依って創草せらると云われる

歴史的には熊野詣に顕われた阿弥陀信仰が熊野修験者により勧請されたものと思われる

江戸期末までは熊野権現・法華寺が一体の信仰(仏教)でありしが明治の廃仏棄釈により熊野権現の名跡が熊野神社に中身の信仰も新しいものとなりましたそのとき法華寺は廃寺同然になりましたがその後多くの檀信徒の力により復興されました

とにもかくにも開山より法華の梵音と弥陀の称名は絶え間なく響き渡っています

 

 天台宗(てんだいしゅう)

法華経を根本経典とする大乗仏教の一派。575年隋の智顗(ちぎ)が天台山にこもって大成。日本へは奈良時代に唐僧鑑真(がんじん)が初めて伝え、平安初期に最澄が比叡山に延暦寺を建て開宗。のち山門派と寺門派、さらに真盛(しんぜい)派に分かれた。

 

 鑑真(がんじん)・過海大師・唐大和上(とうだいわじょう)

中国、唐代の高僧。日本律宗の開祖。揚州大明(たいめい)寺で戒律を講じ名声があった。742年日本僧栄叡(ようえい)らの請に応じて来日を志したが海賊や風波の災で5度挫折の後、754年渡来した。

 

 最澄(さいちょう)・伝教大師

平安初期の僧。767~822年。天台宗の開祖。比叡山に入り根本中堂を建立。延暦23年(804年)空海とともに入唐し翌年帰国した。

 

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