光珠院(たらちね観音) 


 寺社の種類:寺院
 山号:西晃山
 創建の時期:昭和46年(1971年)
 本尊:光珠観世音菩薩
 札所:-
 所在地:埼玉県秩父郡小鹿野町飯田2439-2
 訪問日:2023年4月28日

 

現地の案内板によると昭和42年、手嶋了鳳師は東京調布の深大寺町仮寓で布教を開始しました。昭和49年、秩父札所31番の遍路中、この地に修行堂を建立しました。

昭和55年、天台宗の叡南覚照大阿闍梨を師事し得度を受け天台修験道の門弟となりました。昭和56年、光珠院本堂を建立、たらちね観音を安置したとされています。

たらちね観音の縁起
光珠院の観音堂
光珠院の石段の上に観音堂
観音堂の内部
光珠院のたらちね観音
たらちね観音
観音堂の裏に不動明王
境内に三界萬霊塔
境内に十二支仏
境内の石仏
光珠院の大日堂
境内の大日堂
光珠院の大日堂に大日如来
大日堂の大日如来
境内の祠
大日堂の石仏

毎年5月中旬、観音の大護摩が行われます。観音堂の前の広場で護摩が炊かれ火渡りも行われると言います。

境内には大日堂、結願大師堂(月見堂)などのお堂がありました。

 

 《西晃山光珠院 たらちね観音 ?起》現地の案内板

開山了凰大和尚は、幼い我が子を亡くした後、その子を供養するため仏門に入る決心をし、子を持つすべての母親の悲願と祈りを込め、命の尊厳を唱え続け生涯を過ごしました。

昭和42年(1967年) 曹洞宗の高階瓏仙禅師に仏門得度を受けた手嶋了鳳師は、昭和43年(1968年)念力行の灯から顕現された一寸八分の白蝋観音像を光珠觀世音菩薩「本尊」とし、東京調布の深大寺町仮寓にて布教を始めました。

昭和49年(1974年)ここ小鹿野町の秩父札所31番の遍路道中、弘法大師所縁の寺院跡のこの地に導かれ修行堂を建立しました。

昭和55年(1980年)天台宗の叡南覚照大阿閲梨を師事し得度を受け天台修験道の門弟となりました。

その後、仏師の森大造師にたらちね観音像の製作を依頼、昭和56年(1981年)光珠院本堂を建立落慶し、たらちね観音像を安置し、現在の光珠院となりました。

更に平成6年(1994年)光珠院飛び地境内として、本院東方に神変嶽を開山しました。

当寺開山了凰大和尚

令和3年(2021年)3月1日遷化(逝去)行年93歳

 

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