稲毛神社 
寺社の種類:旧郷社・別表神社
創建の時期:-
本殿の形式:-
境内社:大鷲神社、堀田稲荷神社、第六天社、河崎天満社、白山神社、佐々木神社、浅間社、三峰神社、御嶽神社、八坂神社、大神宮、松尾神社、金刀比羅宮、福田稲荷神社
札所:-
所在地:神奈川県川崎市川崎区宮本町7-7
訪問日:2023年4月14日
明治以前は川崎山王社と称し、現在も氏子の間では「山王さん」の名で親しまれている神社です。
境内にはたくさんの摂社が祀られています。鉄の金網で囲まれた神社は子神社、現地の案内板によると江戸時代には須河原に祀られ里人から篤く信仰されていました。明治3年、建て替えられた社殿は総欅造り彫師小川清蔵による見事な彫刻がほどこされています。現存する宿場時代の唯一の建物と言います。
子神社の隣には大鷲神社があります。日本武尊を祀る神社で日本武尊の死後、その御霊は白い大鳥となって天に昇って行かれたところから尊を祀る神社は「おおとり神社」と呼ばれていると言います。大鷲神社の酉の市では生業発展、家内安全、交通安全などを祈る善男善女で賑わい、川崎の初冬の風物詩となっていると言います。
稲毛神社の御神木大銀杏は、樹齢一千年以上といわれ東海道を旅するものに「山王様の大銀杏」として知られ、安藤広重の「武相名所旅絵日記」などに当時の姿が描かれています。倒木の危険があるのか補強が施されていました。木の周囲には12支のブロンズ像が置かれ12支めぐりができると言います。
境内のはずれには旧六郷橋親柱があります。現地の案内板によると慶長5年(1600年)徳川家康が六郷大橋を架けますが貞享5年(1688年)の大洪水で流失、その後は渡船が行われていました。明治には橋がかけられましたがいずれも大洪水で流失、大正14年(1925年)鉄構造の橋が完成しました。展示されている旧六郷橋の親柱は近代化遺産として再現整備したものと言います。
徳川家康は、東海道に宿駅伝馬制度を敷く前年の一六〇〇年(慶長五年)に六郷大橋を架け、以来再三に亘る修復や架け直しが行われたが、一六八八年(貞享五年)の大洪水で流された後は、明治に入るまで架橋することなく渡船場が設けられ、船で川を往来するようになった。
明治に入って以降、一八七四年(明治七年)左内橋、一八八三年(明治十六年)に六郷橋が架けられたがいずれも大洪水で流出した。
旧六郷橋は近代化が進む時代に即応した陸上輸送の強化を目的に「陸路の帝都の門」として一九二五年(大正十四年)鉄構造のタイドアーチ型橋梁として架けられた。その後、一九八四年(昭和五十九年)に現在の橋に架け替えられるまでの約六十年間、第一京浜国道(一般国道十五号)のランドマークとして活躍してきた。
こうした歴史と役割を果たしてきた旧六郷橋は、川崎の隆盛を築き、偉大な功績を残した。また、その親柱は、優美な姿で旧六郷橋の川崎側橋詰に鎮座し道行く人々に親しまれてきた。
輝かしい二十一世紀に入り、川崎区誕生三十年を迎えた機会に、住民の発意と川崎商工会議所、国土交通省、川崎市の尽力によって、その親柱一対を近代化遺産に位置付け、住民によるまちづくりのシンボルとして幾久しく保存活用されることを祈念して、ここに再現整備する。
二〇〇二年(平成十四年)十一月十六日 旧六郷橋親柱再現整備実行委員会
三峰神社
御祭神 伊弉諾尊・伊弉冉尊
例祭日 十二月二日
御神徳 国家安泰、子孫繁栄、家内安全、商売繁盛
御嶽神社
御祭神 櫛真知命・大己貴命・少名彦名命
例祭日 五月八日
御神徳 医療・医薬・酒造の神、縁結び、商売繁盛
八坂神社
御祭神 素盞鳴尊・稲田姫命・八柱御子神
例祭日 六月七日
御神徳 国家安泰、五穀豊稱、除疫病、商売繁盛、縁結び
大神宮
御祭神 天照大御神。豊受大神
例祭日 十月十七日
御神徳 国家安条、五穀豊穣、産業発展、開運招福
松尾神社
御祭神 大山咋神・市杵島姫神
例祭日 四月二日
御神徳 酒造・土木の神、縁結び、飲食業繁栄、技芸上達
金刀比羅宮
御祭神 大物主神
例祭日 十月十日
御神徳 航海の神、福徳の神
福田稲荷神社
御祭神 宇迦之御魂神・豊宇氣比売神
例祭日 四月第一日曜日
御神徳 五穀豊穣・商売繁盛・心願成就
日本神話に登場する神様。伊弉諾尊(いざなぎのみこと)が火神を切り殺したとき、剣に付着した血から化生した神です。国譲りでは経津主神(ふつぬしのかみ)とともに、葦原の中つ国に派遣されます。また神武東征においても、天皇の危難を救ったとされる神です。島神宮祭神です。
日本神話の神。日本書紀のみに登場し古事記には登場しない。磐筒男神(いわつつのおのかみ)と磐筒女神の子。香取神宮の祭神です。天孫降臨に先立って出雲に行き大己貴命(おおなむちのみこと)を説いて国土を献上させた。
古事記に登場する神、伊弉冉尊(いざなみのみこと)とともに天つ神の命でおのころ島をつくって天降り、国生みと神生みを行った男神です。
黄泉国(よもつくに)の汚穢(けがれ)を禊(みそぎ)した際に、天照大神(あまてらすおおみかみ)、月読尊(つきよみのみこと)、素戔嗚尊(すさのおのみこと)などの神が生まれました。
古事記に登場する神、伊弉冉尊(いざなみのみこと)とともに天つ神の命でおのころ島をつくって天降り、国生みと神生みを行った男神です。
黄泉国(よもつくに)の汚穢(けがれ)を禊(みそぎ)した際に、天照大神(あまてらすおおみかみ)、月読尊(つきよみのみこと)、素戔嗚尊(すさのおのみこと)などの神が生まれました。
日本神話の神。日本書紀のみに登場し古事記には登場しない。磐筒男神(いわつつのおのかみ)と磐筒女神の子。香取神宮の祭神です。天孫降臨に先立って出雲に行き大己貴命(おおなむちのみこと)を説いて国土を献上させた。
出雲神話の神。素戔嗚尊(すさのおのみこと)の子または孫です。少彦名神(すくなびこなのかみ)とともに、中つ国の経営を行っましたが、天照大神(あまてらすおおみかみ)の使者が来ると国土を献上してみずからは隠退しました。
大黒天と同一視されるようにもなりました。因幡(いなば)の白兎の神話は唱歌にも歌われています。
古事記に登場する神、伊弉冉尊(いざなみのみこと)とともに天つ神の命でおのころ島をつくって天降り、国生みと神生みを行った男神です。
黄泉国(よもつくに)の汚穢(けがれ)を禊(みそぎ)した際に、天照大神(あまてらすおおみかみ)、月読尊(つきよみのみこと)、素戔嗚尊(すさのおのみこと)などの神が生まれました。