新田神社 
新田神社は新田金山城の実城跡に建てられた神社です。新田義貞の裔孫である新田俊純は地方有志と謀り、明治6年(1873年)に神社創立の許可を得て、明治8年(1875年)には社殿を建築し神社を創建しました。
樹齢800年以上の大ケヤキが立つ境内からは関東平野が一望できます。
初志貫徹の神社として多くの人に参拝されていると言います。
日本百名城 金山城跡の実城(本丸跡)に新田神社は鎮座します。 太平記でご存知の方も多く、鎌倉幕府倒幕を成し遂げた南朝の地元武将、新田義貞公を御祭神としてお祀りしております。
群馬県の方々には、上毛かるた「歴史に名高い新田義貞」として歴史に名を残す英雄、「初志貫徹」の神様として多くの皆様にご参拝頂いております。
新田神社は太田市で一番高い場所にあり、境内からは関東平野を一望することができます。そして、たび重なる攻撃を受け、攻められても一度も落ちることのなかった難攻不落の金山城。力強いこの地にて、何か事をスタートさせるなら新田神社でと、皆様に厚いご支持をいただき、氏子様は元より、企業様の地鎮祭、発展、安全祈願祭等を承っております。また、歴史に残る勝利を収めた義貞公にあやかり、クラブチーム、部活動等、様々な勝負事の勝利・合格・必勝祈願等も多数ご依頼いただいております。
そして、新田神社にはご自身の足で登拝された方のみ祈願を受けられる事からも、益々のご利益と共に、精神的にも肉体的にもご神徳を得られることと存じます。
ご参拝頂くにあたり、金山の自然に触れた清々しさと、城跡内の歴史に大きな力や気を感じられたことと思います。
尊皇思想だった渋沢栄一も、かつて金山を訪れ、義貞公を拝まれた際に詩を残しています。そして自身の設立した日本で最初の銀行、第一国立銀行の紙幣、旧国立銀行券(貳圓)の絵柄がいずれも地元の南朝武将、新田義貞と児島高徳となっており、裏面には皇居が描かれています。そして、新紙幣は渋沢栄一となり、様々なご縁を感じております。
本日ご参拝いただきました皆様とも、今後ともご縁が続きますことを願っております。春は桜、夏は新緑、秋は見事な紅葉、冬は空気が澄み、一段と景色が綺麗に見渡せます(富士山・スカイツリー等も) 四季折々、ご参拝くださいますよう心よりお待ちしております。
1301~1338年、鎌倉末期・南北朝時代の武将。元弘3年(1333年)鎌倉幕府を滅ぼし建武政権から重用された。のち足利尊氏と対立、兵庫で楠木正成(くすのきまさしげ)とともに九州から東上する尊氏と戦ったが敗れ、恒良・尊良両親王を奉じて越前金崎城によったが落城。藤島の戦いで討ち死にした。
1305~1358年、室町幕府の初代将軍(在職1338~1358)元弘の乱で建武の中興のきっかけをつくる働きをした。のち後醍醐天皇にそむき1336年光明天皇を擁立し室町幕府を開いて南朝と対立した。夢窓疎石に帰依し天竜寺などを建立。
1294~1336年、南北朝時代の武将。河内国の土豪。1331年、後醍醐天皇に呼応して河内赤坂城に挙兵、建武政権樹立に貢献し、河内和泉の守護となった。1336年足利尊氏を兵庫湊川に迎え討つが敗れ、弟正季と刺しちがえて死んだ。