大九寺 
寺社の種類:日蓮宗
山号:宝聚山、院号:随心院
創建の時期:天正19年(1591年)開基・大久保忠世、開山・自得院日英
本尊:-
札所:-
所在地:神奈川県小田原市城山4丁目24-7
訪問日:2023年3月27日
小田原市城山にある日蓮守のお寺です。
ここには初代・忠世の法華五輪塔のほか、2代忠隣など7基の墓石が並んでいると言います。
大久寺は宝緊山随心院と号法華宗(現在は日進赤)の寺で、小田原大久保の初代七郎を開基とする寺である。
天正18年(1590)の小田原合戦に、徳川家康に従って参戦した遠州二俣城主大久保忠世は、合戦後論行賞によって小田原城4万5千石が与えられた。この時忠世は日頃から帰依していた僧自得院日英を二俣から招請し、しばらくは石垣山三の丸(古称聖人屋敷)に仮住いていた。 そして忠世が開基となって寺の建設をすすめ、翌天正19年登字が完成すると、日英を開山とする大久保家の菩提寺とした。
慶長19年(1614)二代相模守忠隣の時、大久保家が改易になると寺も衰退したので、寛永10年(1633)石川主殿頭忠総(忠隣二男・石川日向守家成養子)が大久寺を江戸下谷に移した。その後、大久保新八郎康任が石塔、位牌を戻して大久寺がこの地に再建された。
墓石は正面右から小田原大久保氏三代加賀守忠常、二代相模守忠隣、潘祖七郎右衛門忠世、勘三郎忠良(忠勝五男)、五郎左衛門忠勝(忠俊の子)、常源志俊(忠世の伯父)、忠良の娘の墓で、これらは前期大久保氏一族の墓所として小田原市の史跡に指定されている。
大久保氏の墓所は、法華宗陣門流の大木山京都の本禅寺、愛知県岡崎市の長福寺、東京青山の教学院にもある。
仏教の一宗派。鎌倉時代に日蓮が開いた。法華経を所依(しょえ)とし南無妙法蓮華経の題目を唱える実践を重んじ、折伏(しゃくぶく)・摂受(しょうじゅ)の二門を立て、現実における仏国土建設をめざす。
鎌倉時代の僧。日蓮宗の開祖。安房小湊の漁師の子という。17歳ころから鎌倉・比叡山などで11年間修行研鑽し、法華経こそ至高の経典であるとの確信を得、1253年故郷の清澄山頂で題目を高唱して開宗した。