伝肇寺 
寺社の種類:浄土宗
山号:樹高山、院号:西照院
創建の時期:正安2年(1300年)無極斎
本尊:阿弥陀如来
札所:足柄三十三観音霊場25番霊場
所在地:神奈川県小田原市城山4丁目19ー8
訪問日:2023年3月27日
鎌倉時代の正安2年(1300年)に無極斎により創建、室町時代永徳年間に浄土宗列祖・良肇和尚が知恩院法脈を伝え樹高山西照院伝肇寺と号し関東最初の念仏道場となりました。
伝肇寺は鎌倉時代末期に創建され、戦国時代には小田原北条氏の帰依も受けた古刹です。北原白秋は、大正七年十月から大正十五年五月まで家族とともにここに住んでいました。
白秋は、大正八年五月、本堂の東側に、小さな家を建てました。
「丁度とぼけた木兎の顔そっくり」なので、「木兎の家」と呼ばれていました。現在、伝肇寺は「みみづく寺」の名でも知られています。
翌年には、レンガ造り三階建ての洋館を建て、そこで、多くの童謡の執筆をしました。童謡「揺籠のうた」もその一つで、大正十年に妻菊子が初めての子どもを身ごもった頃に作られた作品です。当時、庭には、詩の中にも登場する枇杷の木があったそうです。
現在も境内に残る大きなかやの木は、童話「かやの木山の」に登場しますが、木の下の小さな祠には、白秋が名付けた「かやの木地蔵」がおさめられています。
「木兎の家」の跡地に建つ「みみづく幼稚園」の園歌は、童話「赤い鳥小鳥」です。おじいちゃんやおばあちゃんが小さい頃に歌った歌を、今の子どもたちも歌っています。
小田原市教育委員会
大乗仏教の仏。西方の極楽浄土の教主で生あるものすべてをすくう仏様。念仏により浄土に往生できるという阿弥陀信仰が鎌倉時代にさかんになり、浄土宗、浄土真宗、時宗などの浄土教宗派が成立した。
阿弥陀如来像は質素な形で如来の通相と呼ばれる姿をしています。小指を除く三指と親指で輪にした九品来迎印(くぼんらいごういん)を結んでいるのが特徴です。
法然上人の弟子の親鸞上人を開祖とする浄土教の一派。浄土三部経を所依の経典とするが、特に無量寿経により阿弥陀仏の本願の信心を重視し、称名念仏は仏恩報謝の行であるとするのを宗旨とする。門徒宗、一向宗とも呼ばれます。