大久保神社 


 寺社の種類:神社
 創建の時期:明治26年(1893年)
 御祭神:大久保忠世、大久保忠真
 本殿の形式:-
 所在地:神奈川県小田原市城山3丁目27-7
 訪問日:2023年3月27日

 

小田原市城山にある神社です。大久保忠世を祭神として小田原城天守台跡に創建しました。明治28年には県社に列格したと言います。

小田原城天守台跡が御用邸となったため、明治33年に当地に遷宮しました

大久保神社の石段に石柱
参道に由緒書き
御手水場
大久保神社の狛犬
狛犬
大久保神社の参道に鳥居
参道に鳥居
大久保神社の拝殿
拝殿
拝殿に神額
見下ろす参道

 

 《大久保神社》現地の案内板

小田原大久保家初代忠世並びに10忠真を祀る。

大久保家は、下野(今の栃木県)宇都宮に勢力を持った藤原道長の流れの宇都宮朝綱の子孫で泰藤のとき、建武の役に新田義貞に従い転戦したが、義貞が越前で討死したので三河の上和田に土着した。その後、姓を宇都宮から宇津に改め5代目昌忠(室町期)の頃から徳川の祖、松平信光に属した。昌忠の曾孫忠員の時、姓を宇津から大久保に改めた。

忠世はこの忠員の子て遠州二段城主であったが、天正18年(1590)豊臣秀吉の小田原攻略で徳川家康に従い参戦し、戦後4万5千石で小田原城主となった。 大久保家は2代忠隣のとき改易になり、その後大名に復活し5代忠朝のとき小田原藩主に帰り咲いたのは、70年不在の後であった。石高は、11万3千石に達した。忠真は、大阪城代、京都所司代、老中を歴任し、二宮尊徳を始め多くの人材を登用し、忠臣孝子を顕彰するなどし大久保家中興の名君と知られている。以降も代々小田原藩主として栄え、15代忠良の明治の大政奉還まで小田原藩主として続いていた。

 

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