小野神社 


 寺社の種類:神社
 創建の時期:-
 御祭神:小野篁、天下春命
 本殿の形式:-
 所在地:東京都町田市小野路町885
 訪問日:2022年10月18日

 

小野路にある神社です。武蔵国司として赴任した小野孝泰が小野篁の霊を祭ったとされるところです。

小野神社の石柱
小野神社の鳥居
しめ縄が張られた鳥居
御手水場
石段の上に狛犬と拝殿
小野神社の拝殿
拝殿
神額と千社札
境内の狛犬
神輿蔵
神楽殿
拝殿の脇に社務所

小野篁(おののたかむら)は平安時代の公卿、嵯峨天皇につかえた武芸にも秀で、学者、詩人、歌人としても知られています。閻魔王宮の役人とも言われ、昼は朝廷に出仕し夜は閻魔庁に勤めていたという奇怪な伝説が伝えられています。

京都の六道珍皇寺には篁が冥土から帰るのに使った黄泉がえりの井戸があると言います。

 

 《小野神社の由来》現地の案内板

小野路は鎌倉みちの宿駅として鎌倉と武蔵の国府の置かれた府中に通づる要衝の地にある。宿の入り口にある小野神社は、小野篁の七代の孫小野孝泰が武蔵の国司として天禄年間(九七二)頃赴任し、小野路のこの地に小野篁の霊を祀ったことに由来する。

小野篁は、平安時代前期の人で和漢に優れた学者で、学問の神様であり、菅原道真の先輩にあたる。篁の孫小野道風は、平安時代を代表する書家で三蹟として有名である。

なお、小山田氏の小野路城があった城山には、小町井戸と伝えられる遺址もあり、小野氏との関連が深い地である。

応永十年(一四〇三)には、小野路村の僧正珍が寄進を募り、交通の安全を祈願して宮鐘を奉納した。朝夕に別当寺の清浄院(現在廃寺)の僧が宮鐘を撞いて旅人に時を知らせたという。

戦国時代の文明年間に、両上杉の合戦で、この宮鐘は山内上杉の兵によって、陣鐘として持ち去られた。現在は、神奈川県逗子市沼間の海宝院に保管されている。宮鐘は昭和五十九年に多摩市の塩沢真氏によって復元寄進され、拝殿の右側面に設置されている。

神輿は小野神社神輿保存会によって修復事業が行なわれ、昭和六十年九月に奉納された。

新年祭 一月十三日

例祭 九月十三日

平成十年十二月 小野神社

 

 嵯峨天皇(さがてんのう)

第52代天皇(在位:809年4月1日~823年4月16日)桓武天皇の皇子。新撰姓氏録(しょうじろく)などを編纂させ、蔵人所・検非違使などを設けて律令制の補強を行った。また能筆で知られ三筆の一人。陵墓は京都府京都市右京区北嵯峨朝原山町の嵯峨山上陵。

 

 桓武天皇(かんむてんのう)

第50代天皇(在位:781年4月3日~806年3月17日)光仁天皇の皇子。794年、都を平安京に遷した。坂上田村麻呂を征夷大将軍として東北地方に派遣するなど朝廷権力を大きく伸長した。陵墓は山城国紀伊郡柏原にあり柏原天皇とも呼ばれる。陵墓は京都府京都市伏見区桃山町永井久太郎の柏原陵。

 

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