白鬚神社 


 寺社の種類:神社
 創建の時期:-
 御祭神:白鬚武廣国稚日本根子天皇
 本殿の形式:一間社流造り
 所在地:埼玉県秩父郡横瀬町大字芦ケ久保202ー3
 訪問日:2020年2月24日

 

白髭神社は名主であった村越家が氏神として勧請した社で、明治に入り芦ヶ久保村の鎮守として祀られるようになりました。

白髭神社の石柱
急な石段
白髭神社の社殿
白髭神社の社殿
白髭神社の社殿
白髭神社の社殿
社殿の内部
社殿に神額

祭神の白鬚武廣国稚日本根子天皇(しらがたけひろくにおしわかやまとねこのすめらみこと)は第22代清寧天皇で、後継者不在のまま崩御したため日本の皇統が大きく揺れた時代でした。

 

 《白鬚神社 御由緒》現地の案内板

横瀬町芦ヶ久保二〇ニー三

当社は西武鉄道の芦ヶ久保駅の北側に位置し、地元を代表する神社として人々の厚い信仰を集めている。

芦ヶ久保の地名は『新編武蔵風土記稿』によれば、正丸峠の下の窪地に芦などが多く生い茂っていたことに由来する。開村の年代は明らかではないが、最も早くから芦ヶ久保に居住していたのは、森下耕地の村越家といわれている。同家は幕政期には名主を務めており、現在の当主の一生で少なくとも十二代は経ていることが確認されているが、明治の初めに火災に遭い、古記録の一切を焼失してしまった為、詳しい来歴は今では知り得ない。

口碑によれば、当社は、この村越家が一族の氏神として勧請した社であると伝えられ、古くは村越家とその同族によって祭祀が行われていたと云う。明治に入り、芦ヶ久保村の村社を制定するに際して、村内には当社をおいて村社とすべき神社がなかったところから、村は同家に譲渡を要請し、同家もこれに応じたことによって、当社は芦ヶ久保全体の鎮守として祀られるようになった。

一間社流造の本殿には厨子に入った御祭神である神像が納められている。

この像は『新編武蔵風土記稿』に「神体束帯せる木座像長六寸許」と記載されているものと思われ、厨子は合物で「厳島大明神一宮 明和八年(一一七七)辛卯九月十九日」の墨書がある。

◇御祭神

・白髪武廣国押稚日本根子天皇(清寧天皇)

◇御祭日

・白鬚神社のお祭り(八月十六日)

※なおこのお祭りには、宝暦年間に伝えられた県指定の無形民俗文化財の獅子舞が奉納される。

 

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