円徳寺 
鎌倉本覚寺の旧末寺となっています。開基とされる日範上人が日蓮大聖人の弟子となってまもなく大聖人は囚われの身となり伊豆に流されました。
海岸に面した妙法経窟は日範上人が3年間、海水修行した地とされています。岩窟の入口にある門柱に円徳寺御開山日範上人、三ヶ年海水修行之霊跡と記されています。
寺内にある赤辺稲荷には、イワシ漁に出た漁師が大シケとなり、家族や里人は夜を徹して船の無事を赤辺稲荷に祈り続けた。願いが通じ明朝、嵐が静まった浜に全員が無事に戻ったとする話が残っています。
当山開山大善阿闍梨日範上人ハ生処ヲ詳ニセス 真言宗ノ徒タリ。
後松葉ヶ谷ニ於イテ宗祖日蓮聖人ノ徒弟日朗ニ遭イ法理ヲ討論シ、遂二改宗受戒ス。
正応三庚寅年六月当和田村二来リ海岸ノ石窟ニ入り、日蓮聖人配流ノ伊東ヲ遠望追思シ読経説法大イニ衆ヲ化ス、永仁二甲午年一字ヲ創立シ、称シテ近浦山圓徳寺ト云ウ、元録年同海水氾濫ノタメ堂宇悉ク春クト流出シ、什器等称隋テ消失ス。
ノノ後享保元年十九世日要堂宇ヲ再建シ、漸次補繕ヲ加エタルモ、大正十二年九月一日震災ノタ本堂倒壊ス。三十五世日向、昭和三年六月工ヲ起シ、仝六年竣工今日ニ至ル。
因二開山日範上人誦経説法ノ妙法経窟ハ依然寺傍ニ現存ス
当山三十七世 錬精誌ス
関連記録・コース仏教の一宗派。鎌倉時代に日蓮が開いた。法華経を所依(しょえ)とし南無妙法蓮華経の題目を唱える実践を重んじ、折伏(しゃくぶく)・摂受(しょうじゅ)の二門を立て、現実における仏国土建設をめざす。
鎌倉時代の僧。日蓮宗の開祖。安房小湊の漁師の子という。17歳ころから鎌倉・比叡山などで11年間修行研鑽し、法華経こそ至高の経典であるとの確信を得、1253年故郷の清澄山頂で題目を高唱して開宗した。