筑波山、加波山とともに古い山岳信仰の山で、平安時代に醍醐天皇がこの山の神社に祈願し足の病が治ったと伝えられる神社です。
境内には足のご利益がある神社として靴などが奉納されています。不要になったのか義足も奉納されていました。
石に囲まれた本殿跡には石祠が祀られています。本殿は焼失したのでしょうか。
足尾山の山頂は広く開けたところです。山頂の一角には奥宮の石祠が祀られていました。
記紀に登場する神。神世七代のうち第6代にあたる神で、伊奘諾尊(いざなぎのみこと)、伊奘冉尊(いざなみのみこと)の2神の1代前に生まれた。身体と容貌の完備した最初の神。
古事記に登場する神、伊弉冉尊(いざなみのみこと)とともに天つ神の命でおのころ島をつくって天降り、国生みと神生みを行った男神です。
黄泉国(よもつくに)の汚穢(けがれ)を禊(みそぎ)した際に、天照大神(あまてらすおおみかみ)、月読尊(つきよみのみこと)、素戔嗚尊(すさのおのみこと)などの神が生まれました。
記紀に登場する神。神世七代のうち第6代にあたる神で、伊奘諾尊(いざなぎのみこと)、伊奘冉尊(いざなみのみこと)の2神の1代前に生まれた。身体と容貌の完備した最初の神。
第50代天皇(在位:781年4月3日~806年3月17日)光仁天皇の皇子。794年、都を平安京に遷した。坂上田村麻呂を征夷大将軍として東北地方に派遣するなど朝廷権力を大きく伸長した。陵墓は山城国紀伊郡柏原にあり柏原天皇とも呼ばれる。陵墓は京都府京都市伏見区桃山町永井久太郎の柏原陵。
平安前期の公卿、学者、文人。845~903年。宇多天皇の信任が厚く、藤原氏を押さえるため藤原基経の死後蔵人頭(くろうどのとう)に抜擢されましたた。延喜元年(901年)藤原時平の中傷により大宰権帥(だざいのごんのそち)に左遷され配所で没しました。
のちに天満天神として崇拝されました。