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あの頂を越えて

山行記録

~山頂からの展望、出会った花などの記録~

あの頂を越えて

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~山行記録:山頂の展望、出会った花~

 羊山公園から琴平丘陵 


標高
羊山公園、琴平丘陵三角点398.8m
山域
奥武蔵
登山日
2022年4月28日(木)、薄曇り
歩行時間
行動時間 4:45、歩行時間 3:40
歩行距離
4.9km
標高差
110m
累積標高差
+266m、-298m
登山口
羊山公園mapon
交通機関
 羊山公園駐車場
登山コース
羊山公園~武甲山旧登山口~大山祇神社~長者屋敷跡~修験堂~岩井堂~護国観音~大渕寺~影森駅
コースmap
羊山公園から琴平丘陵(GoogleEarthで作成)

 

 コースタイム


羊山公園10:25~琴平丘陵ハイキングコース10:40~武甲山旧登山口11:20~山の神11:30~琴平丘陵三角点11:55~大山祇神社12:00/45~長者屋敷跡13:00/15~岩井堂13:30/35~護国観音14:25~大渕寺14:35/40~影森駅15:10

 

 羊山公園~武甲山旧登山口~大山祇神社~長者屋敷跡


秩父の羊山公園には満開を迎える芝桜の園地があります。山の会の仲間と芝桜の花と武甲山の山麓をめぐる軽いハイキングです。

西武秩父駅から車で羊山公園の駐車場に、ゴールデンウィーク前の平日にもかかわらず満開の芝桜を楽しみに訪れる観光客で駐車場はほぼ一杯でした。

羊山公園の芝桜
芝桜の丘から武甲山
観光客でにぎわう芝桜の丘
満開の芝桜

武甲山の裾に広がる芝桜の丘は赤やピンク、薄紫の芝桜が咲き乱れています。コロナの対策として検温やアルコール、またマスクも必要と言います。家族連れなどのほか車いすのお年寄りも満開の芝桜を楽しんでいました。

宇根口から琴平丘陵ハイキングコースへ、緩やかに続く道沿いにはタンポポやヒメオドリコソウ、チゴユリなど春の花が咲いています。

ヒノキ林の暗い山道を登って行きます。沢沿いの耕作地にはミツバチの巣箱が置いてありました。

琴平丘陵ハイキングコース
ヒノキ林の中を歩いていきます
沢沿いにはミツバチの巣箱もあります
琴平ハイキングコースの案内板

しばらく進むと武甲山の旧登山口、石灰岩の採掘でここから山頂へは登ることができません。現在は横瀬からの生川コースと裏山口から登る橋立コースのみが利用できます。

武甲山旧登山口の石柱
山の神の分岐にお地蔵様
山の神
緩やかにヒノキ林の斜面を登ります

山の神から暗いヒノキ林の坂道を登って行きます。ひと登りしたピークは案内図などに琴平丘陵と記された三角点のある広場です。

小さな岩場を超えると大きな石碑が建っていした。明治時代、竹田宮恒久王が武甲山の山麓で軍事訓練を行ったことを記念したものと言います。

琴平丘陵のピークには三角点がある
小さな岩場を超え
竹田宮恒久王が軍事訓練を行った石碑
小さな祠があります

さらに雑木林の中を登り返すと大山祇神社です。由緒書きによるとかつて下影森にあったものを秩父セメントの鉱山開発により遷座したものと言います。

雑木林の道を下り
大山祇神社の鳥居
大山祇神社の社
大山祇神社の由緒書き

緩やかに新緑の坂道を登って行きます。大きなべっとく岩、さらに登ると真っ赤なツツジの花に包まれた山つつじの岡です。

緩やかに新緑の山道を登ります
大きな岩はべっとく岩
振り返るべっとく岩
満開のヤマツツジ

さらにその先ある東屋は長者屋敷跡と言われ戦国時代の山城があったところとか。新編武蔵風土記によると、ここは北条氏邦の家臣滋野刑部の住んだ屋敷とされています。天正十八年(1590年)小田原攻めでは滋野刑部の裏切りなどで鉢形城が落城、その子は農民となって秩父に住んでいたとされているようです。

長者屋敷跡はかつての山城
梢の先に武甲山

木立の先には武甲山の採石により無残に土削られた山肌、その頂上部分にはフェンスも見え隠れしているようでした。

 

 長者屋敷跡~修験堂~岩井堂~護国観音~大渕寺~影森駅


長者屋敷跡からは雑木林の尾根道歩きです。しばらく歩くと見上げる岩壁を登って行く鉄の階段、岩壁の上にせり出すように修験堂が建っています。ここは山麓にある琴平神社の奥の院で秩父修験道の修行の形を再現したところと言います。

固定ロープの坂道を下り
修験堂へと登る鉄の階段
岩場の上に建つ修験堂
秩父修験道の案内板

妙覚門と書かれた正面には熊野弐所大権現、その左右には金毘羅大権現、秩父三四ヶ所観音菩薩が祀られています。中央には干支を記した輪があり神仏に祈念を込め外周の廊下を回るごとに干支の輪を回し元の干支が出ることで1回の修行の目安としたと現地の案内板に書かれていました。

修験堂の先の岩の上には正観音像が祀られていました。修験堂が建てられたのは最近と言いますがこのような岩の上に資材などを持ち上げるのは大変だったのでしょう。

修験堂からは急な坂道を下って行きます。しばらく下ると岩井堂です。ここは26番札所円融寺の奥の院です。見上げる懸崖造りの観音堂は小さな清水寺と言ったところ、精緻な彫刻が施された観音堂にはたくさんの千社札が張られていました。

正観音像が祀られています
急な斜面を下ると
円融寺の奥の院岩井堂
秩父次郎重忠の奉納額

観音堂には秩父次郎重忠の奉納額が掲げられています。その下には秩父宮側三千女と書かれています。秩父の提灯屋の女将さんが25年かけ34ヶ所のすべてに奉納したものとか、江戸時代に出版された浮世絵、観音霊験記がもとになっていると言います。

岩井堂からは円融寺へと下って行く長い階段の道が分かれています。我々は27番の大渕寺を目指すことにしました。

千社札が張られた岩井堂
岩井堂の裏には石仏
円融寺へは急な階段、我々は大渕寺へ
何故か登山道に鉄の橋

小さなアップダウンを繰り返す尾根道には固定ロープの岩場、なぜか鉄の橋も架かっていました。

やがて小さな岩場の上には護国観音。岩場の先から回り込むように急坂を登って行くと見上げるような観音像が建っていました。目の前は視界が開け荒川を挟んで長尾根の丘陵が続いています。

固定ロープもある岩場
護国観音への登り坂
見上げる護国観音
目の前には荒川を挟み長尾根の丘陵

ここのヤマツツジはすでにその盛りを過ぎているようで坂道にはたくさんの花柄が落ちていました。

護国観音の先は27番大渕寺への下りです。境内には月影堂の扁額を掲げる観音堂です。ここにも三千女が奉納した行脚僧宝明の奉納額が掲げれれていました。

大渕寺へと下って行きます
大渕寺の観音堂
行脚僧宝明の奉納額
大渕寺の本堂

本堂の側には納経所、コロナの時期でも書置きの納経ではなく、太い筆で大悲殿と書いていただけました。参道から振り返ると稜線の木々を分けるように護国観音がそびえていました。

境内に延命水
参道にお地蔵さん
大渕寺の参道
参道から見上げる護国観音

帰りは影森駅から秩父鉄道でお花畑駅へ。ここからは山の会の仲間と別れ羊山の駐車場へ向かいます。すでに芝桜を目当てに訪れた観光客は帰路に向かったようで広い駐車場も閑散としていました。

 

 琴平丘陵に咲く花


緩やかなにたどる琴平丘陵のハイキングコースには春の花が咲いていました。

 ミズナラの虫こぶ

早いものでヤマツツジは満開、ヒメウツギの白い花も咲いています。遅かった山の春もそろそろ例年の季節の流れになっているようでした。

 

 コース GPSmap


 クリックするとGPSLogをダウンロードします。

 

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