鎌倉駅9:00~0h20m~腹切やぐら9:20~0h30m~祇園山9:50/55~0h05m~八雲神社10:00/05~0h40m~名越切通し10:45~0h20m~パノラマ台11:05/15~0h25m~衣張山11:40~0h05m~120m三角点ピーク11:45/12:15~0h20m~巡礼古道12:35~0h20m~報国寺12:55/13:05~0h20m~釈迦堂切13:25~0h35m~鶴岡八幡宮14:00/15~0h15m~鎌倉駅14:30
今年最初の山の会のカメの子山行です。鎌倉の周辺には歴史を散策するハイキングコースが開かれています。祇園山と衣張山を結ぶは軽いハイキングコースもまた北条氏滅亡を今に伝える歴史の散策路の一つです。
鎌倉駅からは鎌倉の市内をたどり祇園山ハイキングコースに向かいます。途中には日蓮上人説法跡の石碑も建っています。
祇園山ハイキングコースの案内板に従い山道に入ると腹切りやぐらです。
元弘3年(1333年)、新田義貞の軍勢による攻撃で北条高時をはじめとする北条一門は、東勝寺において切腹し北条氏は滅亡しました。腹切りやぐらと伝えられる岩窟の下には古い石祠が祀られていました。
ここからは照葉樹の尾根道をたどるハイキングコースです。祇園山ハイキングコースと呼ばれているものの、地形図にも明確な山頂は記載されていません。展望台に立つと南西側の展望が広がり、鎌倉の街並みの先に稲村ケ崎が見えていました。
分岐点から坂道を下ると八雲神社です。八雲神社は新羅三郎義光が京都八坂神社を勧請したのが始まりと言われる神社です。境内には義光の手玉石や諏訪社、稲荷社、於岩稲荷社、御嶽三峰社などの摂社が祀られています。鳥居の脇には左義長(さいえ)と書かれたどんど焼きの案内がありました。地方によっては「さいとやき」「ほっけんぎょ」とも呼ばれているようです。
八雲神社からは市街地の中をたどる道です。途中にはオオムラサキが綺麗と言う安養院や日蓮が立正安国論を執筆したと言う安国論寺もあります。
久里浜線の線路脇をたどる道は名越切り通しへと登って行きます。ここ鎌倉は冬も暖かいところで道端には咲き始めたスイセンが甘い香りを漂わてています。
坂道をひと登りすると名越切り通しです。近くの幼稚園でしょうか小さな子供たちが小さな熊手を手に枯れ葉を集めていました。
照葉樹林の中をたどるハイキングコースは小さなアップダウンを繰り返しながら衣張山へと登って行きます。左手のコブの上はパノラマ台と呼ばれるところです。目の前には鎌倉の街並み、青く霞む稜線は箱根の山々、その右手に見えるはずの富士山は白く濁った空の中にその姿を隠していました。
鎌倉逗子ハイランドへの道を右に分けお地蔵さんなどを眺めながらしばらく進むと巡礼古道への分岐です。ここで道を左に、小さなアップダウンを繰り返すと120.0mの三角点があるピークです。
付近はタイワンリスやアライグマなどが生息しているようで、梢の先には大きなリスが姿を見せてくれます。本州に分布するニホンリスは都市周辺では徐々にその姿を消し、鎌倉周辺ではタイワンリスがその勢力を拡大していると言います。魚の世界ではブラックバスなど外来魚、草などでもアレチウリやセイタカアワダチソウ、オオカワヂシャなど、日本の自然を守るのもなかなか難しいものがありそうです。
広く開けた衣張山は展望の広がるところです。源頼朝と北条政子が夏の暑い日にこの山を白絹で覆い、雪山に見立て涼をとったという伝説に由来するところです。山頂はたくさんの幼稚園児で溢れていました。我々は三角点のあるピークに戻り昼食にしました。