topimg

あの頂を越えて

城址・寺社を訪ねて

~街あるき~

あの頂を越えて

homeBtn backBtn

~城址寺社を訪ねて:街あるき~

 瀬谷八福神

 歩行時間:行動時間 5:20、歩行時間 3:25
 歩行距離:12.9km
 累積標高差:+132m、-152m
 アプローチ:往路 瀬谷駅、復路 神奈中バス・阿久和バス停
 訪問日:2022年1月17日

 

 コースタイム


瀬谷駅10:30~長天寺10:40/45~妙光寺11:35/40~善昌寺11:50/55~瀬谷神明社12:10/15~日枝社12:20/25~徳善寺12:30/45~サイゼリア瀬谷北口店12:55/13:40~賽蔵寺13:55/14:05~西福寺14:15/20~左馬社14:20/25~宗川寺14:35/40~全通院勢至堂14:55/15:00~宮沢神明社15:25~熊野神社15:45~阿久和バス停15:50

 

 瀬谷八福神


瀬谷の仏教会が整備た七福神巡りで、通常の七福神にダルマ大師を加えた8ヶ寺を参詣します。鎌倉古道・上の道に沿って続く参拝道は石仏や庚申塚などが祀られ古い歴史が今に残ろところです。

●達磨大師・長天寺、住所:横浜市瀬谷区相沢4-4-1
●大黒尊天・妙光寺、住所:横浜市瀬谷区上瀬谷町8-3
●恵比寿神・善昌寺、住所:横浜市瀬谷区竹村町1-14
●毘沙門天・徳善寺、住所:横浜市瀬谷区本郷3-36-6
●弁財天・賽蔵寺、住所:横浜市瀬谷区瀬谷5-36-14
●布袋尊・西福寺、住所:横浜市瀬谷区橋戸3-21-2
●福禄寿・宗川寺、住所:横浜市瀬谷区北新26-13
●寿老人・全通院勢至堂、住所:横浜市瀬谷区下瀬谷1-27

参拝の最初は長天寺です。瀬谷駅前の商店街を右に折れると程なく八福神めぐりの赤い奉納旗が目に入ります。

この時期八福神の参拝に訪れる人も多いようでスタンプラリーさながら、駅前などで配布されているパンフレットを片手に歩く人も多いようです。

瀬谷駅前
長天寺の達磨大師堂
達磨大師堂の内部
長天寺の本堂

境内の達磨大師堂には達磨大師像、傍には赤い達磨さんが奉納されていました。長天寺は臨済宗建長寺派のお寺、社殿によると室町時代の応永元年(1394年)日宝林宗薫大和尚禅師によって開山されたとされています。

明治22年(1889年)の市町村制の公布により、瀬谷村、二ツ橋村、宮沢村が合併、瀬谷村となりなましたが、この時の村役場は長天寺の客殿に置かれたと言います。本堂はコンクリート造り、本堂の脇には達磨大師の石像がありました。

本堂の前に達磨大師
瀬谷駅前から海軍道路へ
桜並木が続く海軍道路
返還された米軍通信隊の敷地

瀬谷駅にもどり海軍道路を北に向かいます。春には桜の並木が続く道は、かつて横須賀海軍資材集結所の物資輸送のための海軍用道路だったころとか、戦後は上瀬谷通信施設として米軍に接収されていましたが現在は日本に返還されたと言います。泉区にも深谷通信所がありましたがまだ戦争の名残はここにも残っているようです。

上瀬谷小学校近くの信号を左に、しばらく進むと鎌倉古道・上道です。鎌倉古道は上道(かみつみち)、中道(なかつみち)、下道(しもつみち) と呼ばれる3本の幹線道路があり、ここから数多くの支道が枝分かれしていました。上道は鎌倉の化粧坂切り通しを越え戸塚から瀬谷、町田、府中を通り碓氷峠を越え信濃に向かっていたとされています。

 

住宅地の中に続く鎌倉古道を南へ、最初に現れたには妙光寺です。白雉三年(652)明光禅尼が庵を建てたのが始まり、 弘安五年(1281年)に日蓮が宿泊したとの伝えがあり、それを機に時の住職(文教和尚)が教化され改宗したとされています。

妙光寺の山門
境内に大黒天堂
本堂に妙光寺の扁額
本堂脇に日蓮上人の石像
境内の梵鐘
鎌倉古道に北向い地蔵

境内の梵鐘は、正中二年(1324年)の刻銘があり、県指定の重要文化財と言います。

鎌倉古道沿いには北向い地蔵が祀られています。小さなお堂には向かい合った六地蔵と北向い地蔵が祀られています。ネットなどによると「地蔵菩薩の浄土である補陀落山は南方にあって、地蔵様はおのずと北を向くことになる」と解説されていました。しかし全国の地蔵堂などは南向きのものが多く、北向きのものは少ないと言います。

 

僅かに下ると善昌寺です。町時代末期天文2年(1533年)、甲斐の武田氏ゆかりの者が土着し開基したものと伝えられています。

禅昌寺の山門
善昌寺の本堂
本堂の内部
本堂に祀られた寅薬師とか
境内に恵比寿天堂
街道に古いお地蔵さん

 コース GPSmap


 クリックするとGPSLogをダウンロードします。
 Back