足尾銅山・小滝抗 


 観光地の種類:史跡
 所在地:栃木県日光市足尾
 訪問日:2012年11月15日

 

足尾銅山は慶長15年(1610年)発見された古い銅山です。江戸時代、産出された銅は貨幣の鋳造や江戸城や芝上野の徳川廟の屋根瓦に使用されていました。当時の我が国の銅生産高は世界一であったと言います。

一時生産量は衰退していましたが明治初期には豊富な鉱脈が発見され明治18年には国内の銅生産量の4割を占めるほどになりました。反面、坑木や燃料として付近の森は伐採され精錬所から排出される煙害で付近の山は木も生えない禿山になりました。

洪水により鉱毒を含んだ水が渡良瀬川に流出するなど、我国の公害の原点という汚名を残したところでもあります。

小滝橋の先に坑道跡
小滝抗跡の案内板
坑夫のお風呂跡
精錬所、選鉱所跡の石垣

小滝抗は足尾銅山の坑道の一つで旧小滝橋の先に坑道跡が残されています。

付近には中国人殉難烈士慰霊塔があります。太平洋戦争の末期、中国から連行された坑夫が鉱山の労働に従事しその多くが殉職した慰霊塔と言います。

中国人殉難烈士慰霊塔
そびえる慰霊塔
石碑の文字は見えません
庚申講の古い丁程標

付近には庚申山の登山口ともなっている国民宿舎かじか荘があります。関東の耶馬渓とも呼ばれる庚申山は庚申講を中心とした信仰の山で近くには「磐裂神社から114丁」と掘られた古い丁程標がありました。

関連記録・コース
TAG:庚申山 2012年11月15日
 訪問者数 今月:14件
 Back