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あの頂を越えて

城址・寺社を訪ねて

~神社を訪ねて~

あの頂を越えて

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~城址寺社を訪ねて:神社参拝~

 八坂神社(北九州市)

 寺社の種類:県社(明治6年5月15日)
 創建の時期:元和3年(1617年)、昭和9年(1934年)小倉城内に移転
 北殿主祭神:櫛名田比売命須佐能袁命、天之菩卑命、天之忍穂耳命、天津日子根命、活津日子根命、熊野久須比命、市寸島比売命多紀理比売命多岐津比売命
 社殿の様式:流造
 所在地:福岡県北九州市小倉北区城内2-2
 訪問日:2011年5月30日

 

八坂神社は細川忠興が小倉城の築城の後、小倉藩の総鎮守として祇園社を祀ったのが始まりです。明治の廃仏毀釈で八坂神社に改められました。

大きな楼門
八坂神社の境内
楼門にはミミズクの飾り
大きな拝殿
拝殿
小倉城へ向かう道

古くから「こくらのぎおんさん」と呼ばれている神社です。映画無法松の一生に登場する小倉祇園太鼓は八坂神社の例大祭です。

関連記録・コース

 奇稲田姫命・櫛名田比売(くしなだひめ)

日本神話に登場する神。八岐大蛇退治の説話に登場します。生贄にされそうになっていたところを素戔嗚尊に助けられ妻になったとされています。

 

 素戔嗚尊・須佐之男命(すさのうのみこと)

日本神話に登場する神で出雲神話の祖神とされています。伊弉諾尊(いざなぎのみこと)、伊弉冉尊(いざなみのみこと)の子で天照大神の弟とされています。

高天ヶ原で多くの乱暴を行ったことで天照大神が怒り天の岩戸にこもり、高天ヶ原から追放されました。出雲に下り八岐大蛇を退治し奇稲田姫命(くしなだひめ)を救ったとされています。

 

 市杵島姫尊・市寸島比売命(いちきしまひめのみこと)中津島姫命(なかつしまひめのみこと)

日本神話に登場する神、天照大神(あまてらすおおみかみ)と素戔嗚尊(すさのおのみこと)との誓約(うけい)の時に生まれた宗像三女神の一です。福岡県の宗像大社の辺津(へつ)宮の祭神です。

神仏習合の本地垂迹の考えのもと、市杵島姫神が美しい水の神であることからインドの神様である弁才天と同一視されました。

 

 田心姫命・多紀理毘売命(たぎりひめのみこと)

日本神話に登場する神、天照大神(あまてらすおおみかみ)と素戔嗚尊(すさのおのみこと)との誓約(うけい)の時に生まれた宗像三女神の一です。福岡県の宗像大社の沖津宮の祭神です。

 

 湍津姫尊・多岐都比売命(たぎつひめのみこと)

日本神話に登場する神、天照大神(あまてらすおおみかみ)と素戔嗚尊(すさのおのみこと)との誓約(うけい)の時に生まれた宗像三女神の一です。福岡県の宗像大社の中津宮の祭神です。

 

 少彦名命(すくなびこなのみこと)

古事記では神産巣日(かんむすひ)神の、日本書紀では高皇産霊(たかみむすひ)尊の子です。大国主神の国土経営に協力したが伯耆国淡島で粟茎(あわがら)に弾かれて常世(とこよ)国に行ったとされています。

 

 素戔嗚尊・須佐之男命(すさのうのみこと)

日本神話に登場する神で出雲神話の祖神とされています。伊弉諾尊(いざなぎのみこと)、伊弉冉尊(いざなみのみこと)の子で天照大神の弟とされています。

高天ヶ原で多くの乱暴を行ったことで天照大神が怒り天の岩戸にこもり、高天ヶ原から追放されました。出雲に下り八岐大蛇を退治し奇稲田姫命(くしなだひめ)を救ったとされています。

 

 奇稲田姫命・櫛名田比売(くしなだひめ)

日本神話に登場する神。八岐大蛇退治の説話に登場します。生贄にされそうになっていたところを素戔嗚尊に助けられ妻になったとされています。

 

 流造(ながれづくり)

神社建築様式の一つ。屋根の前のほうが長く伸びて向拝をおおい、庇と母屋が同じ流れで葺いてあるのでこの名がある。

正面の柱が2本であれば一間社流造、柱が4本であれば三間社流造という。奈良時代末~平安時代に成立し広く各地に流布しました。

 

 細川忠興(ほそかわただおき)

1563~1645年、安土桃山から江戸初期の武将。細川幽斎の子。織田信長・豊臣秀吉に仕え丹後宮津城主。関ヶ原の戦いでは徳川方に属し小倉10万石を領した。和歌・絵画・有職故実に通じ茶の湯は千利休門下七哲の一人。室はガラシャ。

 

 神仏分離令(しんぶつぶんりれい)廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)

明治元年(1868年3月)、明治政府によって出された神仏習合を禁じた命令。これにより全国に廃仏毀釈(はいぶつきしやく)運動が起り神社と習合していた寺院の仏堂、仏像、仏具などの破壊・撤去された。

 

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