四国八十八ヶ所第29番 摩尼山 国分寺(まにざんこくぶんじ)

 寺社の種類:真言宗智山派
 創建の時期:天平13年(741年)
 所在地:高知県南国市
 訪問日:2011年5月27日

 

29番寺は土佐の国分寺です。国分寺は聖武天皇の命により各地に建てられたお寺で、この付近はかっての政治・文化の中心であったところです。土佐日記を記した紀貫之も土佐の国司として赴任した時はこの寺に近くに屋敷を構えたと伝えられています。

摩尼山の扁額を掲げる仁王門
鐘楼
茅葺の本堂
本堂に千手観音の扁額

大きな楼門造りの仁王門をくぐり参道を進むと茅葺の大きな本堂があります。戦国時代に土佐を統一した長宗我部元親が建てたものと言います。阿波では長宗我部氏との戦乱で焼失した寺院も多かったようですが、土佐では寺院の保護にも力を砕いていたのでしょう。

大師堂
大師堂には弘法の扁額
開山堂
国分寺の広い境内

本堂の左手には大きな大師堂が建っていました。

関連記録・コース

 真言宗智山派(しんごんしゅうちざんは)

真言宗の新義真言の一派。宗祖覚鑁(かくばん)は真言宗の教義に念仏を加味し、高野山の大伝法院にあって布教に努めた。その教勢が高野本山をしのいだため紛争を生じ1140年円明寺を開いて分立した。

 

 千手観音(せんじゅかんのん)・千手千眼観自在菩薩

六観音の一つ。限りない慈悲を表す菩薩で、千の慈悲の眼と千の慈悲の手をそなえ、生ある者を救うという。二七面四二臂の像が一般的。千手千眼観世音。千眼千臂観世音。

 

 四国八十八ヶ所四国巡礼(しこくじゅんれい)

四国にある弘法大師ゆかりの88か所の寺院の総称で、四国霊場の最も代表的な札所である。

1番 霊山寺、2番 極楽寺、3番 金泉寺、4番 大日寺、5番 地蔵寺、6番 安楽寺、7番 十楽寺、8番 熊谷寺、9番 法輪寺、10番 切幡寺、11番 藤井寺、12番 焼山寺、13番 大日寺、14番 常楽寺、15番 国分寺、16番 観音寺、17番 井戸寺、18番 恩山寺、19番 立江寺、20番 鶴林寺、21番 太龍寺、22番 平等寺、23番 薬王寺、24番 最御崎寺、25番 津照寺、26番 金剛頂寺、27番 神峯寺、28番 大日寺、29番 国分寺、30番 善楽寺、31番 竹林寺、32番 禅師峰寺、33番 雪蹊寺、34番 種間寺、35番 清滝寺、36番 青龍寺、37番 岩本寺、38番 金剛福寺、39番 延光寺、40番 観自在寺、41番 龍光寺、42番 仏木寺、43番 明石寺、44番 大寶寺、45番 岩屋寺、46番 浄瑠璃寺、47番 八坂寺、48番 西林寺、49番 浄土寺、50番 繁多寺、51番 石手寺、52番 太山寺、53番 円明寺、54番 延命寺、55番 南光坊、56番 泰山寺、57番 栄福寺、58番 仙遊寺、59番 国分寺、60番 横峰寺、61番 香園寺、62番 宝寿寺、63番 吉祥寺、64番 前神寺、65番 三角寺、66番 雲辺寺、67番 大興寺、68番 神恵院、69番 観音寺、70番 本山寺、71番 弥

 

 聖武天皇(しょうむてんのう)

第45代天皇(在位:724年2月4日~749年7月2日)文武天皇の第一皇子。光明皇后とともに仏教を厚く信仰。全国に国分寺・国分尼寺を置き東大寺を建立して大仏を造立した。陵墓は奈良県奈良市法蓮町の佐保山南陵。

 

 紀貫之(きのつらゆき)

866?~945?年、平安前期の歌人・歌学者。三十六歌仙の一人。官位・官職に関しては不遇であったが歌は当代の第一人者で古今和歌集の撰者の一人。

 

 長宗我部元親(ちょうそかべもとちか)

1539~1599年、戦国大名。土佐の国司一条氏を追って四国全土を統一。1585年豊臣秀吉に降伏してのち土佐一国を許される。九州出兵、文禄・慶長の役に従った。

 

 真言宗(しんごんしゅう)

弘法大師空海(774~835)が唐で学んだ密教を教義に平安初期に開いた。大日如来を教主とし、身口意(しんくい)三密の加持力で即身成仏(じょうぶつ)させるのを本旨とする。

 

 六観音(ろくかんのん)

六観音は六道輪廻の思想に基づき、六種の観音が六道に迷う衆生を救うという考えから生まれたもの。地獄道 - 聖観音、餓鬼道 - 千手観音、畜生道 - 馬頭観音、修羅道 - 十一面観音、人道 - 准胝観音、天道 - 如意輪観音とされる。天台系では准胝観音の代わりに不空羂索観音を加えて六観音とする。

 

 空海(くうかい)弘法大師(こうぼうだいし)

平安時代の僧。真言宗の開祖。最澄と並ぶ平安仏教の確立者。15歳で母方の伯父阿刀大足(あとのおおたる)について京都へ遊学。延暦23年(804年)入唐し翌々年帰朝。高野山に金剛峰寺を建立し東寺(教王護国寺)を真言道場とした。

 

 文武天皇(もんむてんのう)

第42代天皇(在位:697年8月1日~707年6月15日)天武天皇・持統天皇の孫。草壁皇子の第一皇子。大宝律令を制定。万葉集、懐風藻に入集した。陵墓は奈良県高市郡明日香村栗原の檜隈安古岡上陵。

 

 豊臣秀吉(とよとみひでよし)

1536~1598年、安土桃山時代の武将。織田信長に仕え戦功をたて羽柴秀吉と名のった。信長の死後、明智光秀・柴田勝家を討ち、ついで四国・九州・関東・奥州を平定して天下を統一した。

天正13年(1585)関白、翌年太政大臣となり豊臣を賜姓。検地・刀狩りなどを行い兵農分離を促進した。明国征服を志して朝鮮に出兵したが戦局半ばで病没。茶の湯などの活動も盛んで桃山文化を開花させた。

 

7番十楽寺 2011.5.238番熊谷寺 2011.5.239番法輪寺 2011.5.2310番切幡寺 2011.5.2311番藤井寺 2011.5.2312番焼山寺 2011.5.2313番大日寺 2011.5.2414番常楽寺 2011.5.2415番国分寺 2011.5.2416番観音寺 2011.5.2417番井戸寺 2011.5.2418番恩山寺 2011.5.2419番立江寺 2011.5.2420番鶴林寺 2011.5.2421番太龍寺 2011.5.2422番平等寺 2011.5.2623番薬王寺 2011.5.2624番最御崎寺 2011.5.2625番津照寺 2011.5.2626番金剛頂寺 2011.5.2627番神峯寺 2011.5.2628番大日寺 2011.5.2730番善楽寺 2011.5.2731番竹林寺 2011.5.2732番禅師峰寺 2011.5.2733番雪蹊寺 2011.5.2734番種間寺 2011.5.2735番清瀧寺 2011.5.2836番青龍寺 2011.5.2837番岩本寺 2011.10.2038番金剛福寺 2011.10.2039番延光寺 2011.10.2040番観自在寺 2011.10.2041番龍光寺 2011.10.2142番佛木寺 2011.10.2143番明石寺 2011.10.2144番大寶寺 2011.10.2245番岩屋寺 2011.10.2246番浄瑠璃寺 2011.10.2247番八坂寺 2011.10.2248番西林寺 2011.10.2249番浄土寺 2011.10.2250番繁多寺 2011.10.2251番石手寺 2011.10.2252番太山寺 2011.10.2153番圓明寺 2011.10.2154番延命寺 2011.10.2355番南光坊 2011.10.2356番泰山寺 2011.10.2357番栄福寺 2011.10.2358番仙遊寺 2011.10.2359番国分寺 2011.10.2360番横峰寺 2011.10.2461番香園寺 2011.10.2362番宝寿寺 2011.10.2363番吉祥寺 2011.10.2364番前神寺 2011.10.2365番三角寺 2011.10.2466番雲辺寺 2011.10.2467番大興寺 2011.10.2468番神恵院 2011.10.2469番観音寺 2011.10.2470番本山寺 2011.10.2471番弥谷寺 2011.10.2572番曼荼羅寺 2011.10.2573番出釈迦寺 2011.10.2574番甲山寺 2011.10.2575番善通寺 2011.10.2576番金倉寺 2011.10.2577番道隆寺 2011.10.2578番郷照寺 2011.10.2579番天皇寺 2011.10.2680番國分寺 2011.10.2681番白峯寺 2011.10.2682番根香寺 2011.10.2683番一宮寺 2011.10.2684番屋島寺 2011.10.2685番八栗寺 2011.10.2686番志度寺 2011.10.2687番長尾寺 2011.10.2688番大窪寺 2011.10.26番外文殊院 2011.10.22お礼参り高野山 2011.11.1
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