西国観音霊場7番 東光山龍蓋寺(とうこうざん りゅうがいじ)(岡寺) 


 寺社の種類:真言宗豊山派のお寺
 創建の時期:天智天皇2年(663年)、開基:義淵僧正
 所在地:奈良県高市郡明日香村岡806
 訪問日:2006年10月18日

 

龍蓋寺は近くの山に住む龍を池に閉じ込め蓋をしたと伝えられるお寺で、龍蓋寺の山名の由来となっています。日本最初の厄除けの寺としても知られています。

狭い道を登って行くと駐車場です。ここに車を停め階段を登ると朱塗りの山門がそびえていました。広い境内には鐘楼や本堂などが建っています。

岡寺の石柱の先に朱塗りの山門
石段を登ると本堂です
大きな本堂
厄除け観音の奉納提灯を掲げる本堂
本堂にはたくさんの奉納額
厄除け観音の奉納提灯を掲げる本堂

本堂の前に池は竜を閉じ込めた池とか。注連縄を張った小さな石が池から顔を出していましたが小さな石では竜を閉じ込めるには少し役不足のようです。

竜を閉じ込めたと言う小さな池
岡寺の境内
三重塔の前には大師堂
三重塔から眺める岡寺の境内
見上げる三重塔
三重塔から眺める明日香の山里

この観音様は日本最古の厄除け観音と言います。本堂にはたくさんのお守りが並べられていました。

関連記録・コース

 真言宗豊山派(しんごんしゅうふざんは)

真言宗の新義真言の一派。総本山は奈良桜井市の長谷寺。真言宗智山派と同じく覚鑁(かくばん)を開祖とする。織田信長のため根来寺を追われた専誉(せんよ)が一派を形成した。

 

 如意輪観音(にょいりんかんのん)

六観音または七観音の一つで如意宝珠と法輪の力によって生きとし生けるものを救済するという。延寿、安産、除難の功徳があるとされている。普通は6臂の像で、座像は輪王座。右の第一手は必ず思惟(しゆい)手となるのが特徴。

 

 西国三十三観音霊場・西国三十三ヶ所

近畿地方を中心に散在する33ケ所の観音霊場。花山法皇の巡礼を創始とすると伝えられる。室町時代から民間人の参拝が増え、江戸時代に盛んとなった。

 

 真言宗智山派(しんごんしゅうちざんは)

真言宗の新義真言の一派。宗祖覚鑁(かくばん)は真言宗の教義に念仏を加味し、高野山の大伝法院にあって布教に努めた。その教勢が高野本山をしのいだため紛争を生じ1140年円明寺を開いて分立した。

 

 覚鑁(かくばん)・興教大師

平安後期の真言宗の僧(1095~1144年)高野山に大伝法院、密厳院などを建立し、金剛峰寺とともに座主を兼ねたが一山の反対にあい根来に移った。新義真言宗の開祖、伝法院流の祖。

 

 専誉(せんよ)

真言宗豊山派の祖。紀伊根来寺の玄誉(げんよ)、頼玄(らいげん)に師事。天正13年豊臣秀吉の根来攻めにあい高野山にのがれる。15年豊臣秀長にまねかれ大和長谷寺にはいりった。

 

 六観音(ろくかんのん)

六観音は六道輪廻の思想に基づき、六種の観音が六道に迷う衆生を救うという考えから生まれたもの。地獄道 - 聖観音、餓鬼道 - 千手観音、畜生道 - 馬頭観音、修羅道 - 十一面観音、人道 - 准胝観音、天道 - 如意輪観音とされる。天台系では准胝観音の代わりに不空羂索観音を加えて六観音とする。

 

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