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あの頂を越えて

山行記録

~山頂からの展望、出会った花などの記録~

あの頂を越えて

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~山行記録:山頂の展望、出会った花~

 湯河原梅園から城山〜しとどの窟に残る頼朝の伝説〜 


標高
城山 563m
山域
伊豆・箱根・湘南
登山日
2017年2月6日(月)、晴れ一時小雨
歩行時間
行動時間 5:35、歩行時間 4:30
歩行距離
11.1km
標高差
422m
累積標高差
+765m、-930m
登山口
mapon湯河原梅園
交通機関
 登山:湯河原梅園、 下山:湯河原駅
登山コース
湯河原梅園〜クスノキの純林〜しとどの窟〜椿台〜城山〜城願寺〜湯河原駅
コースmap
湯河原梅園から城山   
湯河原梅園から城山
GPSをクリックするとGPSLogをダウンロード、表示をクリックすると山行コースを表示します。
緯度: 経度:

 

山行の記録

 コースタイム

湯河原梅園9:45〜林道分岐10:05〜クスノキの純林10:10〜救世観音分岐11:20〜しとどの窟12:00/10〜椿台12:35〜城山13:05/14:00〜城願寺15:05〜湯河原駅15:20

 

 湯河原梅園〜クスノキの純林〜しとどの窟〜城山

この時期、湯河原は梅の香りに誘われたくさんのお客さんが訪れるところです。また湯河原は鎌倉幕府を築いた源頼朝旗上げの歴史を今に伝えるところです。

治承4年(1180年)以仁王の令旨を受けた源頼朝は伊豆で挙兵、平家目代山木兼隆を討ち取りました。石橋山の合戦で頼朝は平家方の大庭景親らに惨敗するも辛くも逃げ延び、真鶴から船に乗り房総半島に渡ります。このとき身を隠したのがしとどの窟、近くにはかぶと石、立石などの歴史の匂いが今も残っているところです。

湯河原駅
幕山公園の案内板
湯河原梅園の梅は3分咲き
梅の花が咲く遊歩道

湯河原駅前から箱根登山バスで湯河原梅園に向かいます。箱根の山が近いこともあって梅園の梅はまだ3分咲きと言います。

それでもカメラを肩に園内を散策する夫婦連れや幕山に向かうハイカーがチラホラ、広場には売店も出ていました。

ネットで見付けた山行記録では近くにクスノキの純林があると言います。しとどの窟へ林道経由6Kmと書かれた道標を左に分け林道を進むとかながわの美林50選にも選ばれたクスノキ純林の案内板がありました。

道端に山の神の社
クスノキ純林の案内
歩く人も少ない登山道
林道の先に幕山

小砂利なども敷かれ良く整備された道のようですがあまり人は入っていないようです。小さな沢に沿って登って行く道はジグザグを切りながら左岸の稜線へと登って行きます。たどり着いた菜畑林道は白金林道を経て白銀橋へと続く道です。目の前には幕山と星ヶ山、白銀山へと続くなだらかな稜線が見えていました。

ここで道を左に、車の轍も薄い林道をゆるやかに下って行きます。この時期、日差しの薄い林道は凍ってはいないものの寒々としていました。

林道を下って行きます
林道の先に真鶴半島
救世観音から山道へ
小さな沢を渡り

救世観音が祀られた分岐から山道が始まります。照葉樹の林の中を登って行く道は小さな沢を渡りながら高度を上げていきます。

しばらく登ると石灯籠や石仏が祀られたしとどの窟です。広場の前には石山の合戦で敗れた頼朝が身を隠したとされる歴史の一幕が紹介されていました。

途中には鎖場もあります
しとどの窟
しとどの窟の案内
暗い岩窟にたくさんの石仏

ここは地蔵信仰の地と言われ暗い窟屋の中にはたくさんの石仏が祀られています。また神奈川の心霊スポットとしても知られています。古い石仏は風化が進み「ここで首のない地蔵を3体見つけた者は呪われてしまう」という噂なども囁かれているようです。

しとどの窟から石灯籠や石仏が建ち並ぶ坂道を登って行くと城山隧道の広場です。白銀林道のゲートがあるところで付近には古い石仏や苔むした石塔が祀られれいました。

石灯籠が続く参道
城山隧道脇に石仏群
古い石塔もあります
城山隧道

城山隧道を越えると程なく椿台です。かながわの景勝の地50選にも選ばれ湘南の海を一望することのできるところです。広がる湘南の海には初島と大きな大島、その右には利島が霞んでいました。

椿台からは明るい遊歩道のような道を城山へと向かいます。稜線上の小さなピークが土肥城址であった城山です。

椿台からは広い展望
城山周辺の案内
明るい尾根道を城山へ
小さく登り返す城山

土肥城は土肥氏の詰めの城とされていましたが実際には大森氏か北条氏の支城であろうと推測されています。山頂には大きな土肥城址の碑があり、山頂を主郭とする稜線上には堀切も見付けることができます。

土肥氏はかつて足下郡土肥郷と呼ばれた湯河原に勢力を広げた平氏の一族です。頼朝の挙兵にあたって土肥実平は嫡男遠平とともに参陣、その後の鎌倉幕府草創に当っては、軍艦、追捕使、宿老として多くの功績を残したとされています。

土肥実平は湯河原近くに屋敷を構えたとされ駅前には土肥実平公と夫人の銅像が置かれています。

城山山頂の案内
土肥城氏の石碑
山頂で野菜のペンネ
大きな岩と硯石

実平の嫡男遠平は小田原に勢力を広げ小早川を名乗り小田原城を築いています。土肥氏は鎌倉時代に勢力を失いますが庶流は安芸小早川として山陽を代表する武家として歴史の舞台を飾ることになります。

山頂には東屋があります。西から流れる雲に乗ってパラパラと細かい雨が落ちてきました。

 城山〜成願寺〜湯河原駅

帰りは湯河原駅に下ることにします。緩やかに下って行く尾根道には堀切や曲輪跡などもあるようですが案内板などはありません。しばらく下ったところがピクニックランドです。目の前は広く開け湯河原の街並みの先に真鶴の半島が海に突き出していました。

湯河原駅に下って行きます
なだらかな雑木林の道
ピクニックランドから眺める真鶴半島
林道に出ました
林道に立石の案内
林道にかぶと石の案内

ピクニックランドからは舗装道路の下りが続いています。途中の林の中には立石やかぶと石などがあるようです。すでに最盛期を過ぎたみかんの畑は収穫を終えたのか、たくさんのみかんが地面に落ちていました。

城願寺の本堂
境内に文殊堂
頼朝が腰かけたとされる石
城願寺の山門

しばらく下ると城願寺です。ここは土肥一族の菩提寺とされ境内には頼朝七騎の木像を安置する七騎堂や樹齢800年という天然記念物のビャクシンがありました。ここから湯河原駅は舗装道路をわずかに下って行くだけです。

写真をクリックすると大きな写真を表示します。
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