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あの頂を越えて

城址探訪

~日本の城を訪ねて~

あの頂を越えて

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~城址探訪:日本の城を訪ねて~

 古河城・鴻巣御所・鴻巣館

 城郭の構造:平城(平山城)
 築城の時期:平安時代末(1180年頃)、下河辺行平
 廃城の時期:明治6年(1873年)
 主な城主:足利成氏(古河公方)、土井利勝
 所在地:茨城県古河市中央町3丁目10?56
 訪問日:2017年7月28日

 

渡良瀬川の河畔に建てられた城で、治水工事によってほとんどが河原や堤防に変わってしまったためわずかに遺構を残すのみです。

古河城の築城は平安時代、源頼朝に従った下河辺行平が築いたとされています。その後南北朝時代になると足利氏の拠点の一つとなりました。

鎌倉公方、足利成氏は享徳4年(1455年)古河に移り関東は利根川を挟んで上杉氏とが対立し、30年に亘る享徳の乱が続くことになります。足利成氏は古河城から離れた古河公方館に居を構えたようですが、後には古河城に移ったと言います。

天正18年(1590年)豊臣秀吉が後北条氏を滅ぼした後には、徳川家康に従って小笠原秀政が入部し、古河城の修復、拡張を行ったいました。以後、江戸時代には古河藩の藩庁がおかれ、歴代藩主の居城となりました。

鷹見泉石記念館
古河歴史博物館の堀跡
古河コミュニティセンター出城
鷲見泉石生誕の碑

古河歴史博物館は古河城出城跡に開館したものです。しかし当日は休館日で見ることはできません。鷲見泉石は古河藩の家老で江戸時代の蘭学者です。渡辺崋山ら多くの蘭学者と交際がありました。ペリー来航の際、開国通商を幕府に提言したされています。

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