topimg

あの頂を越えて

城址探訪

~日本の城を訪ねて~

あの頂を越えて

homeBtn backBtn

~城址探訪:日本の城を訪ねて~

 津和野城(一本松城、三本松城、石蕗城)

 城郭の構造:連郭式山城
 築城の時期:永仁3年(1295年)、吉見頼行
 主な城主:吉見氏、坂崎氏、亀井氏
 所在地:島根県鹿足郡津和野町後田
 訪問日:2016年8月31日

 

戦国時代は三本松城と呼ばれ吉見氏の居城です。11代当主吉見正頼は大内氏を滅ぼした陶晴賢に対し挙兵、三本松城の戦いと呼ばれる100日以上の籠城戦が行われました。

毛利氏の傘下に入った吉見氏は関ヶ原の戦いで西軍が敗れると毛利氏とともに津和野を退去します。その後、大坂の陣で千姫を助けた坂崎直盛が3万石で入城し石垣を多用した近代城郭として改築されました。

千姫事件で坂崎直盛が自害すると元和3年(1617年)因幡国鹿野藩より亀井政矩が4万3千石で入城。以後、明治維新まで11代にわたり亀井氏の居城となりました。

リフトで中国自然歩道の尾根へ
眼下には津和野の街並み
中国自然歩道の稜線
吉見氏時代の堀切
木立の先に出丸
坂崎氏が作った出丸

ロープウェイを登って行くと中国自然歩道が通る尾根道です。雑木林の中を進むと出丸の下にたどり着きます。修復工事が進む石垣の脇を登ると広い出丸です。目の前には津和野の街が一望できるところです。

石垣をめぐらせた出丸
石垣は修復中
出丸の案内板
出丸は広く開けた広場
眼下に津和野の街
石組は建物の跡か
鞍部に津和野城の案内図
津和野城の石柱
中世の三本松城の案内板
本丸への石段

鞍部に下ると本城への石段が始まります。本城は大きな石垣をめぐらせた堅固な造りになっています。二ノ丸の上に天守台、最上部は三十間台の広場となっていました。

石段の脇に腰曲輪
東門跡は修復工事
修復工事中
腰曲輪の石垣
見上げる二ノ丸の石垣
馬立跡・台所跡の案内板
東門の石垣
三の丸に馬立・台所・海老櫓
台所跡、馬立跡の広場
天守台跡の石垣
中国自然歩道の案内板
西御門跡
中国自然歩道の道標
天守台跡
三十間台は大きな広場
太鼓台の上に三十間台の石垣
写真をクリックすると大きな写真を表示します。
 Back