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あの頂を越えて

寺院参拝

~お寺を訪ねて~

あの頂を越えて

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~寺院参拝:お寺を訪ねて~

 巨鼇山清見寺

 寺社の種類:臨済宗妙心寺派の寺院
 創建の時期:白雉年間(650年〜654年)と伝えられる
 本尊:釈迦如来
 所在地:静岡県静岡市清水区興津清見寺町418
 訪問日:2016年3月29日

 

清見寺の創建は白鳳年間(7世紀後半)、天武天皇朝の頃です。蝦夷の備えとして清見の関がこの地に設けられましたが関所の鎮護として仏堂が建立されたのが始まりと言います。

興津宿の案内板
石段の上に山門
東海名区の扁額
清見寺の山門
田中清左衛門の逆修塔
境内に六地蔵

鎌倉、室町時代においては朝廷や幕府の支持を受けました。戦国時代は要害の地であったことから今川、徳川、武田、北条の戦火に会い一時は荒廃したこともありました。

食人之食者死人之事の石碑
朝鮮通信使遺跡の案内板
興国の扁額を掲げる仏殿
海会塔
仏殿の内部
境内の五百羅漢

今川の人質として幼少期を過ごした徳川家康が清見寺の住職太原和尚に教育を受けたのも知られています。

境内の観音像
境内の五百羅漢
境内の五百羅漢
境内の五百羅漢
供養塔
境内の五百羅漢

江戸時代には朝鮮通信使の宿泊所となりこれにより国の史跡に指定されています。境内の山門に掲げられた東海名区の山門は朝鮮使節が残したものです。

境内の五百羅漢
向井氏供養塔
永代接待茶碑
清見寺の由緒書き
方丈
臥竜梅

食人之食者死人之事と刻まれた石碑は戊辰戦争で新政府と戦った咸臨丸の殉職碑です。榎本武揚に率いられ品川から蝦夷に向かい脱出した咸臨丸が鹿島灘沖で遭難、清水港に流れ着いたのち政府軍により掃討されたと言います。これを悼んで清水の次郎長こと山本長五郎が建立したものと言います。

鐘楼
境内から眺める清水港
河村孫太郎の墳墓
新西国霊場の石碑
清見の関跡
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