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あの頂を越えて

城址探訪

~日本の城を訪ねて~

あの頂を越えて

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~城址探訪:日本の城を訪ねて~

 小田城

 城郭の構造:平山城
 築城の時期:文治元年(1185年)、小田氏の祖、八田知家が館を築く
 廃城の時期:慶長七年(1602年)
 主な城主:小田氏、佐竹氏
 所在地:茨城県つくば市小田2614
 訪問日:2015年8月25日

 

小田城は小田氏の祖八田知家が常陸守護に任命されて当地に移って居館を構えたことが始まりと言われています。

小田城跡の案内板
本丸跡は堀を渡り
東虎口跡の案内板
小田氏と小田城跡の案内板
本丸跡の案内板
建物跡

南北朝期には小田治久が南朝方に属し常陸南部における南朝方の拠点となり、北畠親房や春日顕国なども入城しています。北畠親房が神皇正統記を執筆したところとしても知られています。

西池跡
本丸から眺める宝篋山
北虎口跡
堀の脇に自転車道

戦国時代には佐竹氏、多賀谷氏、真壁氏や越後の上杉謙信、小田原の後北条氏らと抗争を繰り返しました。後北条氏と結んだ小田氏治は永禄7年(1564年)に山王堂の戦いで上杉謙信に敗れるなど苦戦を強いられました。天正元年(1573年)の手這坂の戦いに敗れ小田城は佐竹氏のものとなりました。慶長七年(1602年)に佐竹氏の秋田移封に伴って小田城は廃城になりました。

小田城跡歴史の広場は工事中
本郭は工事中
本郭と南西馬出曲輪の案内板
南西馬出跡の案内板

かつて小田城は筑波鉄道の路線が横切っていました。その後つくば市の保存整備事業はじまり1997年(平成9年)から発掘調査が実施さました。2014年(平成26年)には中世の小田城の姿を復元した歴史広場の工事が行われています。

南西馬出曲輪から本郭の土塁
小田城跡の案内板
小田城、本郭をめぐるサイクリングロード
土手に石碑
本丸の案内板

堀と土塁に囲まれた主郭には居館や政庁、倉庫、庭園など往時の縄張りなどが再現されています。

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