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あの頂を越えて

城址探訪

~日本の城を訪ねて~

あの頂を越えて

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~城址探訪:日本の城を訪ねて~

 甲府城(甲斐府中城、一条小山城、舞鶴城、赤甲城)

 城郭の構造:梯郭式平山城
 築城の時期:天正11年(1583年)、天正18年(1590年)
 廃城の時期:明治6年(1873年)
 主な城主:浅野氏、徳川氏、柳沢氏
 所在地:山梨県甲府市
 訪問日:2015年8月10日

 

武田氏滅亡ののち豊臣秀吉により天下統一されると、徳川家康への抑えとして羽柴秀勝、加藤光泰らによって築城が始められ、浅野長政、幸長父子によって完成した平山城です。

浅野長政は豊臣政権を支えた五奉行の筆頭です。関ヶ原の戦いでは東軍に組し長政は徳川秀忠ともに中山道を進み、長男の幸長は岐阜城を攻略し、関ケ原でも毛利の抑えとして布陣していました。

堀を回り遊亀橋へ
舞鶴城公園の案内板
水をたたえる堀
公園駐車場
水をたたえる堀
管理事務所脇に鶴の像

戦後、浅野家の当主となった幸長は紀伊和歌山37万6千石が与えられ、甲府は徳川家の所領となりました。

福島正則が改易されたのち浅野家は安芸42万6千石に移封され、以降明治まで続くことになります。

舞鶴公園の案内板
天守曲輪の上に本丸
天守曲輪の石垣
坂下門跡
中の門跡
石段の上に鉄門
謝恩碑の案内板
鉄門の入り口
石垣の上に天守台
天守台から眺める鳳凰山

舞鶴公園として整備された城内は良く整備され本丸曲輪を見上げるように石垣がそびえています。復元された鉄門をくぐると本丸曲輪です。

開けた本丸の東端には天守台があります。ここからは甲府の街並み先に夏雲を被った櫛形山や鳳凰山、御坂山塊の稜線には釈迦ヶ岳や十二ヶ岳などの頂が見えているようでした。

天守台から眺める御坂山塊
天守台から眺める稲荷曲輪
広がる甲府の街並み
稲荷櫓
本丸櫓跡
本丸の石垣の隅は算木積み
鉄門の脇に謝恩碑
二の丸に武徳館
鍛冶曲輪に古い井戸

中央本線の通る北側には武田神社、その先には積翠寺温泉や要害山など武田氏にゆかりの歴史が残っているようです。しかし暑いこの時期、足を向けるのは辛いものがありそうでした。

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