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あの頂を越えて

城址探訪

~日本の城を訪ねて~

あの頂を越えて

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~城址探訪:日本の城を訪ねて~

 小田原城、小峯城(小峰城)、小早川城(小早川館)

 城郭の構造:平山城
 築城の時期:応永24年(1417年)、大森頼春
 廃城の時期:明治4年(1871年)
 主な城主:後北条氏、阿部氏、稲葉氏、大久保氏
 所在地:神奈川県小田原市城内
 訪問日:2014年9月27日

 

小田原城は北条早雲を祖とする後北条氏の居城です。北条氏綱氏康、綱成、氏政、北条氏直の五代に渡り関東の覇権を争った北条氏は最盛期には関八州240万国をを支配していたと言われています。

御堀端通りの先に馬出門土橋
小田原城の案内板
堀を渡ると馬出門
復元された馬出門
堀の先に住吉橋
古い絵図をもとにした案内板

天正18年(1590年)の小田原征伐では総勢22万と言われる大軍が小田原に進軍、箱根の山中城や八王子城などの支城が相次いで落城し豊臣の軍勢は小田原城を包囲しました。

小田原城は武田信玄上杉謙信の軍勢も撃退した堅固な城でしたが籠城が長引く中、城内では抗戦か降服かで意見が割れる小田原評定が繰り返されたと言います。

馬屋曲輪には観光案内所
住吉橋
銅門の前ではイベントの用意
二の丸御殿の案内板

秀吉は小田原城が見下ろせる笠懸山(かさがけやま)に密かに城を築き、城の完成時に付近の樹木を切り払い一夜で城が出現したように見せたと伝えられています。

7月、北条氏直は黒田官兵衛の説得により降伏しました。NHKの大河ドラマ・軍師黒田官兵衛にも小田原開城の話が語られています。

小田原合戦の案内板
本丸下に花菖蒲園
本丸東堀跡の案内板
本丸への階段はたくさんの観光客
常盤木門
復元された本丸

小田原城は寛永10年(1633年)と元禄16年(1703)の2度も大地震に遭っています。なかでも元禄の地震では天守や櫓などが倒壊するなどの甚大な被害を受けています。

明治初期にはほとんどの建物が取り壊されたが、現在は本丸、二の丸、茶壺曲輪、馬屋曲輪は復元されています。

本丸の案内板
石段を登ると本丸
本丸から眺める古小田原城跡
箱根山の手前は一夜城

小田原観光のハイライトとなっている小田原城はこの時期もたくさんの観光客で賑わっていました。常盤木門から本丸に入ると正面には三層の天守閣がそびえています。中は資料館となっていて北条氏に関わる甲冑や武具、北条氏の歴史が紹介されていました。

天守閣の最上階は展望台になっています。目の前の八幡山は古い小田原城のあったところとされています。また箱根山の前には秀吉が築いた一夜城のある石垣山も眺めることができます。

小田原北條氏ゆかりの城
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