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あの頂を越えて

神社参拝

~神社を訪ねて~

あの頂を越えて

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~神社参拝:神社を訪ねて~

 鹿島神宮

 寺社の種類:式内社(名神大)、常陸国一宮、旧官幣大社、勅祭社、別表神社
 創建の時期:(伝)初代神武天皇元年
 本殿の様式:三間社流造
 所在地:茨城県鹿嶋市宮中2306-1
 訪問日:2014年9月13日、2017年9月10日

 

全国にある鹿島神社の総本社。千葉県の香取神宮、茨城県の息栖神社とともに東国三社のひとつです。創建は神武天皇元年と伝えられ宮中の四方拝でも拝礼される神社です。

鹿島神社の祭神は古事記のも登場する武甕槌神(たけみかづちのかみ)。武の神として古くから皇室や藤原氏の崇敬を受けています。

 訪問日:2014年9月13日

鬱蒼とする杉木立の参道を進むと朱塗りの楼門が建っています。参道を進むと拝殿、その奥に朱塗りの瑞垣をめぐらせた本殿が建っていました。

大きな石柱と鳥居
参道には奉納金札
神社境内の案内板
いばらぎ森林浴の道100選の案内板
朱塗りの楼門
境内摂社
摂社の須賀社
摂社の遥拝所
東郷平八郎が揮毫した神額
摂社高房社
仮殿
拝殿

境内の奥には要石があります。地震を起こす大なまずの頭を押さえている石でいくら掘っても全容は堀り尽くせないと言われています。この地が古くから地震があったことなのかも知れません。

拝殿では祈願の最中
拝殿の裏に本殿
境内の案内版
杉木立が続く奥参道
末社熱田社
奥宮

さらに奥には御手洗池があります。古くからみそぎの場で大人が入っても子供が入っても水面が胸の高さを超えないと言われているところです。

地震とナマズの石像
要石
要石
御手洗池
御手洗池の案内板
御手洗池の水源

鹿島神宮は戦国時代の剣豪塚原卜伝ゆかりの地です。鹿島神宮に使える卜部一族として生まれ鹿島神宮に参籠して一の太刀を考案し、新当流を開きました。

大黒社
倒壊した鳥居か
駐車場わきに稲荷社
駐車場わきに稲荷社

生涯に合戦や果たし合いなど70回を越える真剣勝負を行ったものの一度も負けず軽傷すら負ったことがないと伝えられています。小説などで切りかかった宮本武蔵の太刀を鍋の蓋で受けたと言う逸話も残っています。

 訪問日:2017年9月10日

そびえる大鳥居をくぐると杉木立の中の参道が始まります。広大な森には杉のほかシイやタブ、モミの巨樹が生い茂りその種類は600種以上にもおよぶと言います。

朱塗りの楼門には左右に随神像があります。阿蘇神社、筥崎宮とともに日本三大楼門の一つに数えられ、寛永11年(1634)水戸初代藩主徳川頼房の造営になる建物と言います。

見上げる大鳥居
参道に境内の案内板
参道の奥に朱塗りの楼門
楼門に随神像
楼門に随神像
拝殿に長い行列
仮本殿
高房社の社
拝殿の内部
玉垣をめぐらせた本殿

参拝客の行列ができる拝殿の奥には玉垣をめぐらせた本殿があります。これらの社殿は元和5年(1619)、徳川2代将軍の秀忠公が寄進したもので、重要文化財に指定されています。

奥参道を進むと奥社
奥社も長い行列
要石と御手洗池の分岐
要石

最近は御朱印ギャルと呼ばれ御朱印帳を片手に神社に参拝する女性が多いようです。また一眼レフカメラを抱えたカメラ女子も多く見かけるようになりました。社務所の御朱印所には長い行列ができていました。

要石の案内板
御手洗池
参道に歌碑
社務所に御朱印所
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