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あの頂を越えて

城址探訪

~日本の城を訪ねて~

あの頂を越えて

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~城址探訪:日本の城を訪ねて~

 二俣城

 城郭の構造:悌郭式山城
 築城の時期:不明(16世紀前半から中葉)、松井氏か
 廃城の時期:慶長5年(1600年)
 主な城主:松井氏、中根氏、依田氏、大久保氏、堀尾氏
 所在地:静岡県浜松市天竜区二俣町
 訪問日:2014年6月1日

 

天竜川と二俣川に挟まれた天嶮の地に築かれた山城です。武田信玄・勝頼親子と徳川家康がこの城を巡って激しい攻防を繰り広げたところです。また家康の嫡男信康が謀反の疑いを受け悲劇の切腹をとげた城としても知られています。

搦手に城山公園の案内板
草に覆われた空掘
食違い虎口
本丸の奥に天守台

城山公園として整備された一帯には空掘や石垣などが残っています。本丸の奥には野面積みの天守台があります。

野面積みの天守台
天守台から見下ろす本丸
本丸の案内板
二ノ丸
二ノ丸に稲荷大明神
南曲輪は藪の中

元亀3年(1572年)遠江に進攻した武田信玄は匂坂城を攻略後、勝頼を大将として徳川軍が守備する二俣城を囲みました。水の乏しい二俣城では天竜川沿いの断崖に井楼を設けて釣瓶で水を汲み上げていました。

二俣城を攻めあぐねた武田軍は天竜川に大量の筏を流し井楼を破壊し水の手を絶ったと言います。これにより二俣城は落城し家康が大敗した三方原の戦いへと歴史は進んでいきます。

北曲輪
旭ヶ丘神社の鳥居
旭ヶ丘神社の本殿
旭ヶ丘神社の脇に結界
旭ヶ丘神社の石灯籠と石碑
遊歩道に案内板

武田信玄と徳川家康の攻防がまさにこの城の周辺で繰り広げられていたようです。

徳川家康ゆかりの城
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