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あの頂を越えて

城址探訪

~日本の城を訪ねて~

あの頂を越えて

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~城址探訪:日本の城を訪ねて~

 宇和島城(鶴島城、板島城、丸串城)

 城郭の構造:梯郭式平山城
 築城の時期:中世期にあった板島丸串城の跡に慶長6年(1601年)藤堂高虎が築城
 廃城の時期:明治4年(1871年)
 主な城主:藤堂高虎、伊達宗利
 所在地:愛媛県宇和島市丸之内
 訪問日:2011年10月21日

 

宇和島城は慶長6年(1601年)、藤堂高虎が築城した平山城で高虎が今治に転封となってのちは、伊達政宗の長子秀宗が宇和郡10万石として四国西南の中心として栄えた城です。

家老屋敷の門を移築した上り立ち門
石段が続きます
石段のに沿って続く舗装道路
長門丸跡

家老桑折家屋敷の門を移築したと言う上り立ち門から城内に入ると、急な石垣を巻くように狭い舗装道路が登って行きます。小公園となっている広場から石垣を登って行くと広く開けた本丸です。正面には国内に現存する12の天守閣の一つと言う3層の天守閣がそびえていました。

宇和島城の案内板
宇和島城の石段
天守閣への石段
石段を登ると本丸

天守閣の中に入ると急な木の階段、松本城や犬山城もそうでしたが重い武具を着こんだ武者が階段を上り下りするのは大変だったのでしょう。

石垣の上に3層の天守閣
園地となっている本丸跡
3層の天守閣
3層の天守閣
天守閣には急な階段
天守閣から見下ろす宇和島の町

宇和島城は藤堂高虎の築城の工夫が随所に見られます。縄張りは空角の経始と呼ばれる不等辺五角形、江戸時代に宇和島に潜入した幕府の冠者が調べた宇和島城の見取り図には四角形の城が描かれていたと言います。

また原生林の中には城の抜け道となる間道、大きな井戸など水の手の工夫も見ることが出来ます。

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