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あの頂を越えて

城址探訪

~日本の城を訪ねて~

あの頂を越えて

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~城址探訪:日本の城を訪ねて~

 春日山城(蜂ヶ峰城)

 城郭の構造:連郭式山城
 築城の時期:南北朝時代
 主な城主:長尾氏、上杉氏、堀氏
 所在地:新潟県上越市中屋敷字春日山
 訪問日:2005年5月31日

 

春日山城は戦国時代の武将、上杉謙信の居城。戦国時代の典型的な山城で初期の築城は南北朝時代とも鎌倉時代とも言われています。上杉謙信の父、長尾為景や上杉謙信、更にはその跡を継いだ上杉景勝により幾度の改修が加えられ、全国でも屈指の規模誇る山城となりました。

上杉氏が会津に転封になると、上杉氏に代わった堀氏が現在の直江津港近くに福島城を築城したため春日山城は廃城となりました。

上杉謙信の銅像
春日山城の搦め手千貫門

駐車場に車を停めて謙信の軍旗、刀八毘沙門の旗がはためく春日山神社に参拝しました。

暗い杉林の中の遊歩道を登って行くと千貫門跡にたどり着きます。ここは本城の搦め手と言われるところで、三方を土塁で囲まれ往時は大きな門があったと言います。

霞む上越の街並み
本丸跡から日本海を

右手に直江屋敷跡へ向かう道を分けると、帯郭に沿った遊歩道を登って行きます。刈り込まれた夏草の匂いが鼻を付く遊歩道をしばらく登ると右手に毘沙門堂への道です。毘沙門天に深く帰依した謙信は出陣前にはこの毘沙門堂に篭ったとか。これから連なる郭には諏訪堂、釈迦堂などが建っていたと言います。

山頂は本丸跡と天守閣跡の二つの郭に分かれていました。ここは目の前に上越市、左手には直江津港を始めとする日本海の海岸線を一望することができる眺めの良いところです。謙信もこの頂きの上から信玄の迫る諏訪の地を眺めていたのでしょう。

景虎の屋敷跡や米倉あったところ

本丸からは二ノ丸、三ノ丸へ下ることとにしました。暗い杉林に覆われた三ノ丸跡は鮫ヶ尾城で自刃した上杉景虎の屋敷跡や米倉があったところです。ここ春日山城は戦国の歴史の1ページを現在に伝えるところでした。

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