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あの頂を越えて

神社参拝

~神社を訪ねて~

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~神社参拝:神社を訪ねて~

 日本の仏様の系図

 

 不動明王(ふどうみょうおう)

五大明王・八大明王の主尊。悪魔を下し仏道に導きがたいものを畏怖せしめ、煩悩を打ちくだくと言います。

忿怒の姿で火焔の中にあり、右手に剣、左手に索縄を持ち、心の内外の悪魔をはらうとされています。

 

 延命地蔵尊(えんめいじぞうそん)

延命・利生(りしょう)を誓願する地蔵尊。新しく生まれた子を守りその寿命を延ばすと言います。後世は短命・若死にを免れるため信仰されました。

 

 十一面観音菩薩(じゅういちめんかんのんぼさつ)

六道を教化する六観音の一つ。11の顔と2臂または4臂をもった姿の観音。

 

 阿弥陀如来(あみだにょらい)

大乗仏教の仏。西方の極楽浄土の教主で生あるものすべてをすくう仏様。念仏により浄土に往生できるという阿弥陀信仰が鎌倉時代にさかんになり、浄土宗浄土真宗時宗などの浄土教宗派が成立した。

阿弥陀如来像は質素な形で如来の通相と呼ばれる姿をしています。小指を除く三指と親指で輪にした九品来迎印(くぼんらいごういん)を結んでいるのが特徴です。

 

 聖観音菩薩/正観音菩薩(せいかんのん)

六道を教化する六観音の一つ、地獄道を化益するという。1面2臂の像を指して聖観音と称している。

 

 真言宗豊山派(しんごんしゅうふざんは)

真言宗の新義真言の一派。総本山は奈良桜井市の長谷寺。真言宗智山派と同じく覚鑁(かくばん)を開祖とする。織田信長のため根来寺を追われた専誉(せんよ)が一派を形成した。

 

 浄土宗(じょうどしゅう)

法然上人を宗祖とする浄土教の一派。浄土三部経を所依の聖典とするが、観無量寿経を重視して専修念仏によって極楽浄土への往生を宗旨とする。総本山は京都の知恩院。

 

 浄土真宗(じょうどしんしゅう)

法然上人の弟子の親鸞上人を開祖とする浄土教の一派。浄土三部経を所依の経典とするが、特に無量寿経により阿弥陀仏の本願の信心を重視し、称名念仏は仏恩報謝の行であるとするのを宗旨とする。門徒宗、一向宗とも呼ばれます。

 

 曹洞宗(そうどうしゅう)

禅宗の一派。中国の禅宗第六祖慧能の法系である洞山良价 (807〜869年) を祖とする。中国禅宗五家七宗の一つ。鎌倉時代に道元が入宋して伝えた。福井県の永平寺と神奈川県の総持寺とを大本山とする。

 

 日蓮宗(にちれんしゅう)

仏教の一宗派。鎌倉時代に日蓮が開いた。法華経を所依(しょえ)とし南無妙法蓮華経の題目を唱える実践を重んじ、折伏(しゃくぶく)・摂受(しょうじゅ)の二門を立て、現実における仏国土建設をめざす。

 

 真言宗(しんごんしゅう)

弘法大師空海(774〜835)が唐で学んだ密教を教義に平安初期に開いた。大日如来を教主とし、身口意(しんくい)三密の加持力で即身成仏(じょうぶつ)させるのを本旨とする。

 

 天台宗(てんだいしゅう)

法華経を根本経典とする大乗仏教の一派。575年隋の智?(ちぎ)が天台山にこもって大成。日本へは奈良時代に唐僧鑑真(がんじん)が初めて伝え、平安初期に最澄が比叡山に延暦寺を建て開宗。のち山門派と寺門派、さらに真盛(しんぜい)派に分かれた。

 

 覚鑁(かくばん)/興教大師

平安後期の真言宗の僧(1095年〜1144年)高野山に大伝法院、密厳院などを建立し、金剛峰寺とともに座主を兼ねたが一山の反対にあい根来に移った。新義真言宗の開祖、伝法院流の祖。

 

 法然(ほうねん)/円光大師/黒谷上人

鎌倉初期の僧。浄土宗の開祖。1147年比叡山で源光の門に入り天台を学んだ。1150年教学などに対する疑問を生じ西塔黒谷の叡空のもとに隠棲し、法然房源空と称した。

 

 親鸞(しんらん)/見真大師

鎌倉時代の僧。浄土真宗の開山。曇鸞の他力回向によって発得して以来、親鸞と名のり愚禿(ぐとく)と称した。1207年念仏停止の法難に遭い越後に流罪。赦免ののち長く関東に住み布教と著述を行う。

 

 道元(どうげん)/承陽大師

鎌倉時代の仏僧。曹洞宗の開祖。内大臣久我通親の子。幼くして比叡山に上ったがその教学に疑問をもち、栄西について禅を学び1223年明全(みょうぜん)とともに入宋した。天童山で如浄の印可を受け1228年帰国した。

 

 日蓮(にちれん)/立正大師

鎌倉時代の僧。日蓮宗の開祖。安房小湊の漁師の子という。17歳ころから鎌倉・比叡山などで11年間修行研鑽し、法華経こそ至高の経典であるとの確信を得、1253年故郷の清澄山頂で題目を高唱して開宗した。

 

 空海(くうかい)弘法大師(こうぼうだいし)

平安時代の僧。真言宗の開祖。最澄と並ぶ平安仏教の確立者。15歳で母方の伯父阿刀大足(あとのおおたる)について京都へ遊学。延暦23年(804年)入唐し翌々年帰朝。高野山に金剛峰寺を建立し東寺(教王護国寺)を真言道場とした。

 

 鑑真(がんじん)/過海大師/唐大和上(とうだいわじょう)

中国、唐代の高僧。日本律宗の開祖。揚州大明(たいめい)寺で戒律を講じ名声があった。742年日本僧栄叡(ようえい)らの請に応じて来日を志したが海賊や風波の災で5度挫折の後、754年渡来した。

 

 専誉(せんよ)

真言宗豊山派の祖。紀伊根来寺の玄誉(げんよ)、頼玄(らいげん)に師事。天正13年豊臣秀吉の根来攻めにあい高野山にのがれる。15年豊臣秀長にまねかれ大和長谷寺にはいりった。

 

 真言宗智山派(しんごんしゅうちざんは)

真言宗の新義真言の一派。宗祖覚鑁(かくばん)は真言宗の教義に念仏を加味し、高野山の大伝法院にあって布教に努めた。その教勢が高野本山をしのいだため紛争を生じ1140年円明寺を開いて分立した。

 

 最澄(さいちょう)/伝教大師

平安初期の僧。767〜822年。天台宗の開祖。比叡山に入り根本中堂を建立。延暦23年(804年)空海とともに入唐し翌年帰国した。

 

 時宗(じしゅう)/遊行宗(ゆぎょうしゅう)

日本仏教の一宗派。念仏系の宗派で1276年一遍(いっぺん)が開いた。阿弥陀経を根本経典とし経中の臨命終時の言葉を宗の名とした。

 

 一遍(いっぺん)/遊行上人(ゆぎょうしょうにん)/円照大師(えんしょうだいし)

鎌倉中期の僧。1239〜1289年。時宗(じしゅう)の開祖。延暦寺に入り太宰府で法然の孫弟子聖達に浄土教を学ぶ。他力念仏を唱え衆生済度のため、民衆に踊り念仏を勧め全国を遊行した。

 

 准胝観音(じゅんていかんのん)

六観音または七観音の一つで除災、治病、延命、求児の諸願をかなえるという。三目一八臂、頭上に仏面は無いがのが特徴とされている。

 

 如意輪観音(にょいりんかんのん)

六観音または七観音の一つで如意宝珠と法輪の力によって生きとし生けるものを救済するという。延寿、安産、除難の功徳があるとされている。普通は6臂の像で、座像は輪王座。右の第一手は必ず思惟(しゆい)手となるのが特徴。

 

 大日如来(だいにちにょらい)

真言密教の教主。諸仏、諸菩薩の根元をなす理智体で宇宙の実相を仏格化した根本仏とされる。智徳の表現が金剛界大日、理徳の表現が胎蔵界大日とされ、天台宗では大日如来釈迦如来は法身、応身で同体とし、真言宗では釈迦如来は顕教の教主とみて異体とする。

 

 釈迦(しゃか)釈迦如来(しゃかにょらい)

仏教の開祖。世界4聖の一人。ネパール南部の釈迦族の王子として紀元前6から前5世紀に生まれる。苦行ののち悟りをひらきインド各地で布教して80歳で没したとされる。

はじめは実在の釈迦をさしたが入滅後、超人化・神格化されて信仰・崇拝の対象となる。日本には6世紀、百済からその教えがつたわった。

 

 地蔵菩薩(じぞうぼさつ)

釈迦の入滅後から弥勒菩薩が世に現れるまでの間、無仏の世に住み六道の衆生を教え導くことを誓いとした菩薩。慈愛に満ちた円満柔和な僧形で、多くは右手に錫杖、左手に宝珠を持つ。

 

 弥勒菩薩(みろくぼさつ)

釈迦の入滅から56億7000万年後の未来の世に仏となってこの世にくだり、衆生を救済するという菩薩

 

 薬師如来/薬師瑠璃光如来(やくしにょらい)

東方浄瑠璃世界の教主。人々の病患を救うとともに悟りに導くことを誓った仏で医薬の仏として信仰される。右手に施無畏印(せむいいん)を結び、左手に薬壺(やっこ)を持つ。脇侍に日光菩薩と月光菩薩、眷属として十二神将が配される。

 

 毘沙門天(びしゃもんてん)

仏法守護の神。四天王、十二天の一神。北方世界を守護する。黄色の身で忿怒の相をし、甲冑を着け左手に宝塔を捧げ、右手に矛または宝棒を持つ。法を聞くので多聞天とも呼ばれる。

 

 多聞天(たもんてん)

仏法守護の神。四天王、十二天の一神。如来の道場を守り法を聞くことが最も多いことからの名。北方を守る仏法守護の神将。甲冑をつけ両足に悪鬼を踏まえ手に宝塔と宝珠または鉾を持った姿で表される。

 

 広目天(こうもくてん)

仏法守護の神。四天王、十六善神の一神。西方にあって仏法を守護する。悪人を罰して仏心を起こさせることをつかさどる。甲冑をつけ筆と巻物を持つ姿に表される。

 

 持国天(じこくてん)

仏法守護の神。四天王の一神。東方を守る。天衣を着て右手に宝珠、左手に刀を持つ。

 

 増長天(ぞうちょうてん)

仏法守護の神。四天王の一神。南方世界を守護する。像は右手に刀を持ち,左拳を腰に当て甲冑を着ける。

 

 真言宗御室派(しんごんしゅうおむろは)

日本仏教の一宗派。真言系の宗派で古義真言宗に属する。宗祖は空海で派祖は宇多天皇(寛平法皇)、総本山は仁和寺。

 

 大威徳明王(だいいとくみょうおう)

五大明王の一つで西方の守護神。人々を害する毒蛇、悪竜や怨敵を征服するという。頭、腕、脚が六つずつあり、剣、鋒、輪、杵(しょ)を持ち、怒りの形相をして火炎に包まれ水牛に乗る姿の像が多い。

 

 軍荼利明王(ぐんだりみょうおう)

五大明王の一つで南方の守護神。自己愛にかかわる煩悩を断つ。像は一面三目八臂で激しい怒りの相をなし多くの蛇が巻きついている。

 

 降三世明王(ごうざんぜみょうおう)

五大明王の一つで東方の守護神。貪(とん)・瞋(じん)・痴の三毒を滅ぼすとも三界を降伏するともいう。通常は四面八臂の怒りの姿で、左足で大自在天を右足でその妃烏摩を踏む。

 

 金剛夜叉明王(こんごうやしゃみょうおう)

五大明王の一つで北方の守護神。三面六手または一面四手の忿怒の相で表される。

 

 歓喜天(かんぎてん)・聖天(しょうてん)・大聖歓喜自在天(だいしょうじざいかんぎてん)

頭は象身体は人間の姿をした仏法守護神。もとインド神話の魔王でのち仏教にとり入れられたもの。単身像と双身像とあり、双身像は男神と女神とが抱擁する姿をとることが多い。夫婦和合、子宝の神として信仰される。

 

 六地蔵(ろくじぞう)

六道のそれぞれにあって衆生の苦しみを救う6体の地蔵菩薩(ぼさつ)。地獄道の檀陀(だんだ)、餓鬼道の宝珠(ほうじゅ)、畜生道の宝印、修羅道の持地(じじ)、人間道の除蓋障(じょがいしょう)、天道の日光の各地蔵菩薩とするが異説もある。

 

 臨済宗妙心寺派(りんざいしゅうみょうしんじは)

日本仏教の一宗派。臨済宗一四派の一つです。本山は京都の妙心寺、派祖は関山慧玄。

 

 浄土真宗本願寺派(じょうどしんしゅうほんがんじは)(浄土真宗西本願寺派)

日本仏教の一宗派。浄土真宗の宗派の1つで本願寺(西本願寺)を本山とする。浄土真宗は第12世准如の時、長兄教如が徳川家康の援助で東本願寺を建てたため、本願寺は東西両本願寺に分かれた。1981年6月、東本願寺派を真宗大谷派、西本願寺派を真宗本願寺派と改めた。

 

 浄土真宗大谷派(じょうどしんしゅうおおたには)(浄土真宗東本願寺派)

日本仏教の一宗派。浄土真宗の宗派の1つで根本道場である真宗本廟(東本願寺)を本山とする。浄土真宗は第12世准如の時、長兄教如が徳川家康の援助で東本願寺を建てたため、本願寺は東西両本願寺に分かれた。1981年6月、東本願寺派を真宗大谷派、西本願寺派を真宗本願寺派と改めた。

 

 荼枳尼天/荼吉尼天 (だきにてん)

インドの民間信仰から密教によって仏教に取り入れられた仏。人の死を6か月前に予知してその心臓を食うとされる。日本では、稲荷神、飯綱権現と同一視されています。

 

 祖師像(そしぞう)

一宗一派を開創したりこれをひろめた高僧の肖像。各宗の寺院では祖師像を祀る祖師堂や開山堂が建立されている。

 

 真言律宗(しんごんりっしゅう)

鎌倉時代の初め、叡尊が興した真言系の律宗。奈良の西大寺が本山。1895年(明治28年)一宗として独立。

 

 真言宗大覚寺派(しんごんしゅうだいがくじは)

真言宗の一派、古義真言宗に属する。大覚寺を大本山とする。

 

 虚空蔵求聞持法(こくうぞうぐもんじほう)

無限の力で生あるものすべてを救うという菩薩。密教の修法のひとつ求聞持法(ぐもんじほう)の本尊、また十三参りなどの対象となる。五智宝冠をつけ、右手に智慧の宝剣、左手に福徳の蓮華と如意宝珠を持つ。

 

 虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)

虚空蔵菩薩を本尊として行う密教の修法。理解力・記憶力を高めるという。若き日に空海の修したことで知られる。

 

 行基(ぎょうき)

奈良時代の僧、668年〜749年。百済系の渡来人。法相宗を学び諸国を巡って布教た。民衆とともに道路・堤防・橋や寺院の建設にあたったが僧尼令違反として禁止された。後に聖武天皇の帰依を受け、東大寺・国分寺建立に協力。日本最初の大僧正の位を授けられた。

 

 坂東三十三観音霊場・坂東三十三ヶ所

源頼朝によって発願され、源実朝が西国の霊場を模範として制定したと伝えられてる33ヶ所の観音霊場。神奈川・埼玉・東京・群馬・栃木・茨城・千葉にかけてある札所を巡拝すると1,300キロメートルになると言う。

 

 西国三十三観音霊場・西国三十三ヶ所

近畿地方を中心に散在する33ケ所の観音霊場。花山法皇の巡礼を創始とすると伝えられる。室町時代から民間人の参拝が増え、江戸時代に盛んとなった。

 

 秩父三十三観音霊場・秩父三十三ケ所

秩父地方にある三十三ヶ所の観音の霊場。実際は三十四ヶ所あり西国三十三観音霊場坂東三十三観音霊場と合わせて日本百観音霊場とした。

 

 臨済宗円覚寺派(りんざいしゅうえんかくじは)

禅宗の宗派の一つ。中国から招かれた無学祖元により1282年鎌倉で始まる。本山は鎌倉の円覚寺。

 

 弁才天/弁財天(べんざいてん)

インドの河神で音楽・智恵・財物の神として吉祥天とともに広く信仰された女神。

仏教に取り入れられ吉祥天と同一視されるようになった。八本の手で各種の武具を持つ像もあるが、鎌倉時代には二手で琵琶を持つ女神像が一般化した。日本では七福神の一人として民衆の信仰を集めてきた。

 

 吉祥天(きちじょうてん)

インド神話の神でビシュヌ神の妃とされた。仏教では徳叉迦(とくさか)を父に、鬼子母神(きしもじん)を母に生まれ、毘沙門天の妃とされる。仏法を護持する天女。天衣宝冠を着け左手に如意宝珠を捧げ持つ。

 

 鬼子母神(きしもじん)/訶利帝母(かりていも)/歓喜母/愛子母

仏教を守護する善女神の一人。多くの子をもっていたが、常に他人の子を奪って食べるので仏が鬼子母の子を隠して子を食う罪をさとした。

 

 鎌倉・江の島七福神

鎌倉市・藤沢市にある8箇所の社寺から構成される七福神めぐりの札所。

浄智寺(布袋尊)、鶴岡八幡宮(旗上弁財天)、宝戒寺(毘沙門天)、妙隆寺(寿老人)、本覚寺(夷尊神)、長谷寺(大黒天)御霊神社(福禄寿)江島神社(江島弁財天)

 

 釈迦三尊(しゃかさんぞん)

釈迦像を中央に脇侍きようじに二菩薩を配した仏像の形式。脇侍には普賢菩薩(ふげんぼさつ)文殊菩薩(もんじゆぼさつ)の二菩薩を配するが多い。

 

 普賢菩薩(ふげんぼさつ)

仏の真理や修行の徳をつかさどる菩薩。智慧の文殊菩薩とともに釈迦の脇侍。白象に乗り合掌している。

 

 文殊菩薩(もんじゅぼさつ)

智慧をつかさどるとされる菩薩。普賢菩薩とともに釈迦に侍す。智慧の威徳を示す獅子に乗る。

 

 宇賀神(うがじん)

仏教の穀物神。転じて福の神とされるため、弁財天と同一視され、密教にもとりいれられた。多くは白蛇の形をとる。

 

 臨済宗(りんざいしゅう)

禅宗の一派。鎌倉初期に入宋した明庵栄西(みようあんえいさい)が黄竜派の禅を伝えたのに始まる。鎌倉・室町時代に大いに興隆し、室町幕府は五山の制をつくって保護した。

 

 磨崖仏・摩崖仏(まがいぶつ)

自然の岩壁を利用し彫刻された仏・菩薩像。日本には奈良時代に伝わった。宇都宮の大谷、臼杵の臼杵磨崖仏などが名高い。

 

 六十六部供養塔(ろくじゅうろくぶくようとう)/回国供養碑(かいこくくようひ)

中世に法華経六十六部を写経し、これを日本全国の霊仏霊社に納経する回国聖が行われていた。今も各地にこの回国供養碑を見ることができる。回国聖は六十六部経聖と言われ、江戸時代にはおとしめられて六十六部または六部の略称でよばれたていた。

 

 藤沢七福神

藤沢市にある七福神の札所。藤沢市観光協会が「藤沢七福神めぐり」として主催している。

皇大神宮(恵比寿)、養命寺(布袋)、白旗神社(毘沙門天)、常光寺(福禄寿)、諏訪神社(大黒天)、感応院(寿老人)、龍口寺(毘沙門天)、江島神社(弁財天)

 

 高野山真言宗(こうやさんしんごんしゅう)

真言宗の宗派である。総本山は金剛峯寺。高野宗・高野派とも呼ばれる。全国に約3700の末寺がある。

 

 箱根七福神

箱根の観光地をめぐる新しい七福神めぐりの札所。

守源寺(大黒天)、箱根神社(恵比寿神)、興福院(布袋尊)、本還寺(寿老人)、駒形神社(毘沙門天)、 阿字ヶ池弁財天(弁財天)、山王神社(福禄寿)

 

 円仁(えんにん)慈覚大師(じかくだいし)

平安時代初期の僧。延暦寺第3世座主。天台宗山門派の祖。大同3年(808年)比叡山に登って最澄の弟子となる。838年遣唐使の船に乗って入唐する。死後、貞観8年 (866年)慈覚大師を追諡。

 

 観音菩薩(かんのんぼさつ)観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)

世の人々の音声を観じてその苦悩から救済する菩薩。人々の姿に応じて大慈悲を行ずるところから千変万化の相となるといいその姿は六観音・三十三観音などに表される。勢至菩薩とともに阿弥陀仏の脇侍となる。化仏のついた宝冠をかぶり、天衣、裙(くん)を着け、瓔珞、鐶釧(かんせん)で身を飾り蓮華を手にして蓮華座の上に立像または坐像の姿で表現される。

 

 勢至菩薩(せいしぼさつ)

知恵の光で生あるものすべてをすくうという菩薩。阿弥陀三尊のひとつ。観世音菩薩とともに阿弥陀如来の脇侍となる。姿は観世音菩薩とほとんどおなじで冠に宝瓶をのせている。

 

 神仏分離令(しんぶつぶんりれい)廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)

明治元年(1868年3月)、明治政府によって出された神仏習合を禁じた命令。これにより全国に廃仏毀釈(はいぶつきしやく)運動が起り神社と習合していた寺院の仏堂、仏像、仏具などの破壊・撤去された。

 

 真言宗東寺派(しんごんしゅうとうじは)

真言宗系の宗派の一つである。昭和38年(1963年)教王護国寺と真言宗東寺派が分裂した時に教王護国寺を中心に活動しようとする寺院が東寺真言宗として独立した。京都にある別格本山の正法寺を中心に活動している。

 

 西行、西行大師、西行法師(さいぎょう)

平安後期の歌人。武家に生まれ鳥羽上皇に北面武士として仕えるがのち出家する。平清盛・時忠、崇徳院・徳大寺実能らと交わる。仏道修行、和歌に励み、諸国を遍歴。仏教観を基として独自の抒情歌を確立。新古今集に九四首収められ、家集に山家集などがある。

 

 真言宗泉涌寺派(しんごんしゅうせんにゅうじは)

真言系仏教宗派の一つ、古義真言宗に属する。総本山は泉涌寺。

 

 薬師三尊(やくしさんぞん)

薬師如来を中尊とし日光菩薩(にっこうぼさつ)を左脇侍、月光菩薩(がっこうぼさつ)を右脇侍とする三尊形式である。奈良薬師寺の金堂本尊像は、日本における薬師三尊像の最高傑作の一つである。

 

 鎌倉三十三観音霊場(かまくらさんじゅうさんかんのんれいじょう)鎌倉観音霊場(かまくらかんのんれいじょう)

大正から昭和初期にかけて設定された観音霊場で、江戸時代に成立した鎌倉郡三十三箇所をベースにされている。鎌倉郡三十三箇所と異なり、廃仏毀釈により廃絶・移転してしまった寺も存在した事から23箇所の霊場が新たに加えられている。

1番 大蔵山杉本寺、2番 金龍山宝戒寺、3番 祇園山安養院、4番 海光山長谷寺、5番 満光山来迎寺、6番 錦屏山瑞泉寺、7番 岩蔵山光触寺、8番 飯盛山明王院、9番 稲荷山浄妙寺、10番 功臣山報国寺、11番 帰命山延命寺、12番 中座山教恩寺、13番 稲荷山別願寺、14番 随我山来迎寺、15番 円龍山向福寺、16番 内裏山九品寺、17番 南向山補陀洛寺、18番 天照山光明寺、19番 天照山蓮乗院、20番 天照山千手院、21番 普明山成就院、22番 霊鷲山極楽寺、23番 大異山高徳院、24番 亀谷山寿福寺、25番 泉谷山浄光明寺、26番 扇谷山海蔵寺、27番 若昇山妙高院、28番 巨福山建長寺、29番 蓮菜山  龍峰院、30番 福源山明月院、31番 金宝山浄智寺、32番 松岡山東慶寺、33番 円覚寺仏日庵

 

 関東三十六不動霊場(関東三十六不動霊場)

昭和62年(1987年)に開創された不動霊場。神奈川県・東京都・埼玉県・千葉県内にある36箇所の不動明王霊場寺院をめぐる札所。

1番 雨降山大山寺、2番 大雄山最乗寺(道了尊)、3番 成田山横浜別院、4番 大聖山真福寺、5番 清林山佛乗院、6番 神木山長徳寺、7番 金剛山平間寺(川崎大師)、8番 高尾山薬王院(高尾山)、9番 高幡山明王院、10番 田無山総持寺、11番 亀頂山密乗院、12番 寶勝山蓮光寺、13番 大聖山東朝院、14番 神霊山慈眼寺、15番 明王山聖無動院、16番 竹園山最勝寺、17番 瀧轟山明王院、18番 泰叡山瀧泉寺、19番 牛宝山明王院、20番 成田山東京別院、21番 川崎大師東京別院、22番 阿遮山円満寺、23番 砂尾山橋場寺、24番 龍光山三高寺、25番 皿沼山永昌院、26番 五智山遍照院(西新井大師)、27番 成田山川越別院、28番 星野山無量寿寺(川越不動)、29番 不動山白山寺、30番 玉?山總願寺(不動ケ岡不動)、31番 光岩山彌勒密寺、32番 普和山最上寺、33番 妙高山大聖院、34番 幸野山宝勝院、35番 阿舎羅山大聖寺(波切不動)、36番 成田山神護新勝寺(成田不動)

 

 戸塚宿七福神・戸塚七福神

横浜市戸塚区の八ヶ所の寺院に祀られている七福神を巡礼する札所巡り。平成26年(2014年)に開始された。

妙秀寺(弁財天)、寳蔵院(毘沙門天)、来迎寺(寿老人)、雲林寺(恵比寿)、清源院(毘沙門天)、高松寺(大黒天)、海藏院(布袋尊)、親縁寺(福禄寿)

 

 臨済宗建長寺派(りんざいしゅうけんちょうじは)

日本仏教の一宗派。臨済宗一四派の一つです。本山は京都の妙心寺、派祖は関山慧玄。

 

 馬頭観音(ばとうかんのん)

六観音・八大明王の一つ。人身馬頭、または宝冠に馬頭をいただき、憤怒の相をした観世音菩薩。江戸時代、馬の守護神として民間に広く信仰された。

 

 鎌倉五山(かまくらござん)

鎌倉にある臨済宗の五大寺。建長寺、円覚寺、寿福寺、浄智寺、浄妙寺。室町時代、足利義満のときに五山の制により定められた。

 

 横浜金沢七福神

横浜金沢観光協会の主催により平成17年の1月からスタートした七福神めぐり。

富岡八幡宮(蛭子尊)、長昌寺(布袋尊)、龍華寺(大黒天)、瀬戸神社(弁財天)、正法院(福禄寿)、寶蔵院(寿老人)、伝心寺(毘沙門天)

 

 南はだの村七福神

南はだの村で七福神と鶴亀を巡り、福神と違い渋沢丘陵や震生湖、近くに弘法山、遠くに大山を見ながら日だまりハイキングが楽しめる。

大岳院(福禄寿、亀)、八幡神社(親鶴)、嶽神社(子鶴)、福寿弁財天(弁財天)、西光寺(毘沙門天)、御嶽神社(恵比寿)、 出雲神社(大国様)、浄圓寺(布袋尊)、白笹稲荷神社(寿老人)

 

 新四国東国八十八ヵ所霊場

川崎市・横浜市・鎌倉郡域にある弘法大師八十八ヵ所を巡る霊場です。

1番 金剛山平間寺、2番 瑠璃光山真福寺、3番 大嶋山真観寺、4番 明王山成就院、5番 金澤山圓能院、6番 円明山延命寺、7番 瑠璃光山無量寺、8番 西光山東福寺、9番 龍宿山西明寺、10番 光明山金剛寺、11番 薬王山東漸寺、12番 愛宕山宝蔵院、13番 摩尼山長松寺、14番 子生山東福寺、15番 生麦山龍泉寺、16番 遍照院、17番 医光山薬王寺、18番 海運山能満寺、19番 平尾山東光寺、20番 神鏡山金蔵院、21番 洲崎山普門寺、22番 海浦山吉祥寺、23番 妙義山歓成院、24番 八幡山観音寺、25番 瑞雲山三会寺、26番 在田山香象院、27番 医王山遍照寺、28番 大仙寺、29番 羯摩山圓福寺、30番 金岸山安楽寺、31番 法亀山願成寺、32番 医王山東光寺、33番 東光山蓮華院、34番 東医山薬王寺、35番 福智山普門院、36番 光明山東福寺、37番 日明山大聖院、38番 成田山延命院、39番 大慈山玉泉寺、40番 海龍山増徳院、41番 東漸寺、42番 地福寺、43番 佛海山天徳寺、44番 醫王山多聞院、45番 東光山千蔵寺、46番 間門山東福院、47番 根岸山大聖院、48番 海向山金蔵院、49番 禪馬山真照寺、50番 瀧頭山密蔵院、51番 泉久山海

 

 関東八十八ヵ所霊場

関東地方一帯に広がる弘法大師巡礼地で特別霊場と合わせて95の寺院を巡る。1995年(平成7年)開創。

1番 慈眼院(高崎観音)、2番 不動寺、3番 金剛寺、4番 光明寺、5番 蓮花院、6番 長明寺、7番 南光寺、8番 光榮寺、9番 聖眼寺、10番 観音院、11番 十輪寺、12番 吉祥寺、13番 教王寺、14番 観性寺、15番 常楽寺、16番 鑁阿寺、17番 宝性寺、特別 満願寺(出流観音)、18番 長清寺、19番 如意輪寺、20番 慈眼寺、21番 観音寺、22番 東海寺、23番 光明寺、24番 生福寺、25番 明星院、26番 光照寺、27番 馬頭院、28番 安楽寺、29番 観音寺、30番 観音寺、31番 大山寺、32番 鏡徳寺、33番 寳蔵寺、34番 慈眼寺、35番 善應寺、36番 阿弥陀院、特別 楽法寺(雨引観音)、37番 大輪寺、38番 新長谷寺、39番 永光寺、40番 自性院、41番 無量寺、42番 福永寺、43番 明星院、44番 神崎寺、45番 観福寺、特別 満願寺(犬吠埼観音)、46番 勝覺寺、47番 千葉寺、48番 弘福院、49番 新宿不動堂、50番 圓鏡寺、51番 不動院、52番 久原寺、53番 長泉寺、54番 圓明院、55番 円如寺、56番 那古寺、57番 真野寺、58番 妙音寺、59番 青蓮寺、60番 大山寺、61番 清徳寺、62番 華蔵院、63番 金剛院、64番 千手院、65番 福泉寺、6

 

 三浦二十八不動尊霊場

三浦半島に点在する不動霊場巡り、江戸時代以前から巡拝が行われていたとされる。

1番 龍塚山武山不動院、2番 金笠山大善寺、3番 岩戸山満願寺、4番 豊川山徳壽院、5番 高尾山長光寺、6番 星谷山浄蓮寺、7番 放光山常福寺、8番 真宝山宗圓寺、9番、亀養山長安寺、10番 御霊山正業寺、11番 五明山最宝寺、12番 安戸山荘厳寺、13番 正覚山十劫寺、14番 牛込山 永楽寺、15番 飯盛山妙音寺、16番 荒井山真光院、17番 海雲山龍潜庵(本瑞寺内)、18番 禅林山正住寺、19番 降鏡山福本寺、20番 金剛山浄楽寺、21番 立石山不動院、22番 海上山圓乗院、23番 守護山玉蔵院、24番 長谷山仙光院、25番 景政山長運寺、26番 六代御前不動院、27番 白瀧山高養寺、28番 黄雲山延命寺

 

 三浦三十三観音霊場

三浦半島に点在する観音霊場巡り、江戸時代以前から巡拝が行われていたとされる。

1番 城谷山音岸寺、2番 紫陽山見桃寺、3番 円通山観音堂、4番 金剛山大椿寺、5番 立光山海応寺、6番 福泉寺観音堂、7番 岩浦山福寿寺、8番 金田山清伝寺、9番 菊名山法昌寺、10番 海東山三樹院、11番 酔蓮山称名寺、12番 明星山伝福寺、13番 延命山東福寺、14番 飯盛山妙音寺、15番 吉井山真福寺、16番 栄久山等覚寺、17番 普門山慈眼院、18番 岩戸山満願寺、19番 大富山清雲寺、20番 七重山浄林寺、21番 金鳳山景徳寺、22番 坂中山観音寺、23番 蓮沼山観蔵院、24番 軍見山海宝寺、25番 守護山玉蔵院、26番 松葉山観正院、27番 海上山円乗院、28番 海照山専福寺、29番 金剛山無量寺、30番 禅林山正住寺、31番 鈴木山長慶寺、32番 網代山海蔵寺、33番 白蓮山心光寺、番外 龍徳山光照寺

 

 真言三宝宗(しんごんさんぽうしゅう)

日本の真言宗系諸派の1つ。清荒神清澄寺を大本山とする寺院である。

 

 第六天(だいろくてん)、他化自在天(たけじざいてん)

仏教では六道(地獄界・餓鬼界・畜生界・修羅界・人間界・天上界)、十界(六道の上に声聞界・縁覚界・菩薩界・仏界を加えたもの)といった世界観がある。天上界の中でも人間界に近い下部の6つの天は、依然として欲望に束縛される世界であるため六欲天と言う。六欲天は他化自在天(たけじざいてん)、化楽天(けらくてん)、兜率天(とそつてん)、夜摩天(やまてん)、?利天(とうりてん)、四大王衆天(しだいおうしゅてん)その最高位が欲界の天主大魔王である第六天魔王波旬の住処となる他化自在天であり、別名を第六天という。

 

 三宝尊(さんぼうそん)

日蓮宗の本尊。仏、法、僧の三宝を祀るための仏像を三宝尊と言う。また庶民にとって高価な仏像を祀ることは困難であり日蓮は諸尊を書いた十界曼荼羅を庶民に与えた。

 

 鎌倉地蔵霊場、鎌倉二十四地蔵霊場

鎌倉市中心部の二十四地蔵尊を巡拝する霊場巡り。開創は宝暦2年(1752年)とされている。

1番 宝戒寺、2番 満光山来迎寺、3番 覚園寺、4番 杉本寺身代地蔵尊、5番 光触寺、6番 杉本寺尼将軍地蔵尊、7番 瑞泉寺、8番 円応寺閻魔堂、9番 建長寺伽藍陀山心平地蔵尊、10番 建長寺済田地蔵尊、11番 建長寺勝上岳地蔵尊、12番 浄智寺、13番 正続院、14番 佛日庵、15番 海蔵寺、16番 浄光明寺、17番 浄光明寺、18番 壽福寺、19番 東漸寺、20番 極楽寺、21番 極楽寺、22番 光明寺、23番 延命寺、24番 安養院

 

 鎌倉郡観音霊場

鎌倉近郊を中心として江戸時代に定められた観音霊場。明治の廃仏毀釈の流れの中移転しまった寺や廃寺もある。

1番 新清水寺(東京都中央区日本橋人形町)、2番 花光院跡、3番 寿福寺、4番 海蔵寺、5番 正覚寺、6番 報身院、7番 香蔵院、8番 来迎寺、9番 建長寺飛石山、10番 建長寺、11番 東慶寺、12番 円覚寺仏日庵、13番 亀井堂(市場公会堂)、14番 多聞院、15番 法安寺、16番 永林寺、17番 光明寺、18番 浄念寺、19番 長福寺、20番 円福寺、21番 蔵田寺、22番 清源院、23番 観音寺、24番 大石寺観音堂、25番 正法寺、26番 中田寺、27番 宝寿院(願行寺)、28番 大運寺、29番 玉泉寺、30番 燈明寺、31番 勝福寺、32番 二伝寺、33番 (宝国院)慈眼寺

 

 四国八十八ヶ所四国巡礼(しこくじゅんれい)

四国にある弘法大師ゆかりの88か所の寺院の総称で、四国霊場の最も代表的な札所である。

1番 霊山寺、2番 極楽寺、3番 金泉寺、4番 大日寺、5番 地蔵寺、6番 安楽寺、7番 十楽寺、8番 熊谷寺、9番 法輪寺、10番 切幡寺、11番 藤井寺、12番 焼山寺、13番 大日寺、14番 常楽寺、15番 国分寺、16番 観音寺、17番 井戸寺、18番 恩山寺、19番 立江寺、20番 鶴林寺、21番 太龍寺、22番 平等寺、23番 薬王寺、24番 最御崎寺、25番 津照寺、26番 金剛頂寺、27番 神峯寺、28番 大日寺、29番 国分寺、30番 善楽寺、31番 竹林寺、32番 禅師峰寺、33番 雪蹊寺、34番 種間寺、35番 清滝寺、36番 青龍寺、37番 岩本寺、38番 金剛福寺、39番 延光寺、40番 観自在寺、41番 龍光寺、42番 仏木寺、43番 明石寺、44番 大寶寺、45番 岩屋寺、46番 浄瑠璃寺、47番 八坂寺、48番 西林寺、49番 浄土寺、50番 繁多寺、51番 石手寺、52番 太山寺、53番 円明寺、54番 延命寺、55番 南光坊、56番 泰山寺、57番 栄福寺、58番 仙遊寺、59番 国分寺、60番 横峰寺、61番 香園寺、62番 宝寿寺、63番 吉祥寺、64番 前神寺、65番 三角寺、66番 雲辺寺、67番 大興寺、68番 神恵院、69番 観音寺、70番 本山寺、71番 弥谷寺、72番 曼荼羅

 

 天海僧正(てんかいそうじょう)慈眼大師(じげんだいし)

1536〜1643年、江戸初期の天台宗の僧。諡号は慈眼大師。比叡山・興福寺などで諸宗について学び川越の喜多院などに住した。徳川家康の帰依をうけて政治にも参与しした。家康死後、家康を久能山から日光山に東照大権現として改葬。また、江戸上野に寛永寺を創建した。

 

 千手観音(せんじゅかんのん)、千手千眼観自在菩薩

六観音の一つ。限りない慈悲を表す菩薩で、千の慈悲の眼と千の慈悲の手をそなえ、生ある者を救うという。二七面四二臂の像が一般的。。千手千眼観世音。千眼千臂観世音。

 

 阿弥陀三尊(あみださんぞん)

阿弥陀如来(あみだにょらい)を中尊として、観音菩薩(かんのんぼさつ)勢至菩薩(せいしぼさつ)を左右の脇侍(わきじ)とする様式。

 

 真言律宗(しんごんりっしゅう)

鎌倉時代の初め叡尊が興した真言系の律宗。奈良の西大寺が本山。

 

 夢想国師(むそうこくし)夢窓疎石(むそうそせき)

1275〜1351年、鎌倉時代末から南北朝時代、室町時代初期にかけての臨済宗の禅僧。後醍醐天皇足利尊氏らの帰依をうけ、甲斐の恵林寺や京都の臨川寺・天竜寺を創建。門下に五山文学の中心をなした春屋妙葩(しゆんおくみようはら)が出た。造園術にすぐれ天竜寺・西芳寺などに築庭。

 

 弁財十五童子(べんざいじゅうごどうじ)弁財十六童子(べんざいじゅうろくどうじ)

弁財天に従う眷属、善財童子を加えて十六童子と呼ばれることもある。

印鑰童子(いんやくどうじ)、官帯童子(かんたいどうじ)、筆硯童子(ひっけんどうじ)、金財童子(こんざいどうじ)、稲籾童子(とうちゅうどうじ)、計升童子(けいしょうどうじ)、飯櫃童子(はんきどうじ)、衣裳童子(いしょうどうじ)、蚕養童子(さんようどうじ)、酒泉童子(しゅせんどうじ)、愛敬童子(あいきょうどうじ)生命童子(しょうみょうどうじ)、牛馬童子(ぎゅうばどうじ)、船車童子(せんしゃどうじ)、善財童子(ぜんざいどうじ)

 

 快川国師(かいせんこくし)大通智勝国師(だいつうちしょうこくし)快川紹喜(かいせんじょうき)

?〜1582年、戦国時代の臨済宗の僧。武田信玄に招かれ、甲斐の恵林寺で禅風を伝えた。織田信長武田勝頼を攻めたとき「心頭を滅却すれば火もまた涼し」と唱え兵火の中に没した。

 

 阿難陀(あなんだ)阿難尊者(あなんそんじゃ)

釈迦の十大弟子の一人。師の説法を最も多く聞き多聞第一とよばれた。記憶力にすぐれ経典の第一結集(けつじゅう)の際に多くの経説を復唱したという。

 

 迦葉(かしょう)迦葉尊者(かしょうそんじゃ)

釈迦十大弟子の一人。頭陀第一といわれた。婆羅門の出身で釈迦の入滅後教団を指導し、第1回の経典結集(けつじゅう)を行った。

 

 栄西(えいさい)

1141〜1215年、鎌倉初期の禅僧。日本の臨済宗の開祖。上房・千光国師と号す。比叡山で天台の教義を学び二度入宋し、臨済禅を伝え帰る。幕府の帰依をうけ鎌倉に寿福寺を建立。京に建仁寺を創建して天台・真言・禅の三宗兼学の道場とし禅宗の拡大に努めた。

 

 栄朝(えいちょう)釈円栄朝(しゃくえんえいちょう)

1165〜1247年、鎌倉時代の臨済宗の僧。顕密二教をおさめたのち、明庵(みょうあん)、栄西(えいさい)にまなび印可をうける。上野世良田に長楽寺をひらき関東に禅をひろめた。

 

 瑩山紹瑾(けいざんじょうきん)瑩山禅師(けいざんぜんじ)、常済大師(じょうざいだいし)・弘徳円明国師(こうとくえんめいこくし)仏慈禅師(しゃくえんえいちょう)

1268〜1325年、鎌倉後期の曹洞宗の僧。永平寺の孤雲懐奘(こうんえじょう)について得度、ついで徹通義介に師事しその法を継いだ。能登に総持寺を開き、永平寺とともに曹洞宗の二大本山とした。教団組織の基礎を築き、道元の高祖に対し太祖とよばれる。

 

 梵天(ぼんてん)

仏教の守護神。もとはインド神話のブラフマーでインドラ(帝釈天)などとともに仏教守護神として取り入れられた。密教では十二天の一つ。法隆寺金堂の塑像、東大寺法華堂(三月堂)の乾漆像など天平時代の名作があり密教像では四面四臂に表され作品も多い。

 

 帝釈天(たいしゃくてん)

仏教の守護神。インドのベーダ神話のインドラ神が仏教に取り入れられたもの。十二天の一で東方を守る。須弥山頂の?利天(とうりてん)の主で喜見城に住む。

 

 摩利支天(まりしてん)

仏教を守護する善神。もとインドでは梵天の子と称し日光、風の神として信仰される。その姿を隠しよく障害を除くとされる。 三面八臂で猪の背の三日月の上に立つ像が良く知られている。

 

 倶利伽羅明王(くりからみょうおう)倶利伽羅竜王(くりからりゅうおう)

不動明王の化身としての竜王。岩上で火炎に包まれた黒竜が剣に巻きついて、それをのもうとするさまに表される。剣は外道(げどう)の智、竜は不動明王の智を表したものという。

 

 五大明王(ごだいみょうおう)

特に密教で不動明王を中心として四方に配され魔を降伏させる5明王で、中央が不動明王、東方が降三世明王、南方が軍荼利明王、西方が大威徳明王、北方が金剛夜叉明王。いずれも忿怒の形相を表わす。

 

 八大明王(はちだいみょうおう)

悪魔を降伏する八体の明王。五大明王に穢積明王(えしやくみょうおう)・無能勝明王(むのうかつみょうおう)・馬頭明王(ばとうみょうおう)を加えたもの。

 

 十二神将(じゅうにしんしょう)、十二夜叉大将(じゅうにやしゃだいしょう)

薬師如来の眷属で薬師経を行ずる人を守護する12の夜叉大将。それぞれ諸仏を本地とし、順に子から亥までの一二時を守るとされる。

宮毘羅(くびら)、伐折羅(ばさら)、迷企羅(めいきら)、安底羅(あんちら)、摩羅(まにら)、珊底羅(さんちら)、因陀羅(いんだら)、婆夷羅(ばいら)、摩虎羅(まこら)、真達羅(しんだら)、招杜羅(しょうとら)、毘羯羅(びから)の大将で、いずれも憤怒形である。

 

 多宝塔(たほうとう)

多宝如来を安置する塔。基壇上に二重の屋を構築し最上部に相輪を設置した塔をいう。法華経の宝塔品にある一文によって造営された。

 

 多宝如来(たほうにょらい)

五如来の一尊。東方の宝浄国の教主。釈迦の法華経説法の際そこに宝塔を出現させて、説法の真実を証明・讃歎し、塔中の半座を釈迦に譲ったという。

 

 金剛界(こんごうかい)

大日如来の知恵の世界をさしその堅固さを示す。金剛頂経の説くものでこれを図示したものを金剛界曼荼羅(こんごうかいまんだら)と言う。

 

 胎蔵界(たいぞうかい)

金剛界に対して、大日如来の理性の面を言う。仏の菩提(ぼだい)心が一切を包み育成することを、母胎にたとえたもの。蓮華(れんげ)によって表象する。

 

 五智如来(ごちにょらい)

密教の五智をそれぞれそなえた如来。大日如来(だいにちにょらい)・法界体性智(ほつかいたいしようち)、阿?如来(あしゆくにょらい)大円鏡智(だいえんきょうち)、宝生如来(ほうしよう)・平等性智(びょうどうしょうち)・阿弥陀如来(あみだにょらい)・妙観察智(みょうかんさっち)、不空成就如来(づくうじょうじゅ)・成所作智(じようしよさち)の五如来

 

 涅槃釈迦(ねはんしゃか)・涅槃仏(ねはんぶつ)

釈迦が入滅する様子を仏像としてあらわしたもの。主にタイの寺院などで見ることが出来、足の裏には宇宙観を示す文様などが描かれている。

 

 大黒天(だいこくてん)

七福神の一神。狩衣に似た服を着て大黒頭巾をかぶり、左肩に大袋を背負い右手に打ち出の小槌こづちを持ち、米俵の上に座る。日本では大国主神(おおくにぬしのみこと)と習合し福徳の神として民間の信仰を集める。

 

 恵比寿天(えびすてん)

七福神の一神。唯一の日本の神様。伊弉諾命(いざなぎのみこと)伊弉冉命(いざなみのみこと)の第三子と言われ、満三歳になっても歩かなかったため船に乗せられ捨てられてしまった。やがて漂着した浜の人々の手によって手厚く祀れれたのが信仰のはじまりと伝えられている。

左手に鯛をかかえ右手に釣竿を持った親しみ深いお姿の、漁業の神で、特に商売繁昌の神様としても信仰が厚い。

 

 主祭神:大宜都比売命、天石門別八倉比売命

福徳をもたらす神として信仰される七体の神。七福神信仰が盛んになった近世中期以降は、恵比寿天(蛭子)大黒天毘沙門天(びしやもんてん)弁財天布袋(ほてい)福禄寿寿老人の七神を言う。それまでの仏教や民間信仰などで福神として信仰されていたものが、経典の「七難即滅、七福即生」や竹林の七賢などにならい整えられた。

 

 布袋(ほてい)

七福神の一神。中国の禅僧。肥えた腹を露出し日常生活用具を入れた袋を背負い杖つえを持って市中を歩き、人の運命や天候を予知したという。生前から弥勒の化身と言われた。

 

 福禄寿(ふくろくじゅ)

七福神の一神。福禄を授ける神。短身・長頭で経巻を結びつけた杖を持ち鶴を従える。中国の仙人に由来するといわれる。

 

 寿老人(じゅろうじん)

七福神の一神。長寿を授ける神。長頭で鹿を連れ巻物を先につけた杖つえを持つ。中国宋代の人物の偶像化とも言われる。

 

 三重の塔(さんじゅうのとう)

層数の最も少ない仏塔。日本では五重塔と並んで木造仏塔では最も一般的である。現存最古の遺構は奈良の法起寺のもので飛鳥時代の作。

 

 五重の塔(ごじゅうのとう)

5層建ての仏塔。古くは伽藍の中心的存在であったが7世紀末から双塔式伽藍ができやがて回廊外に置かれるようになる。外観は基壇、塔身、相輪からなる。中央に心柱または刹柱が独立しその上部が相輪となる。

 

 制多迦童子(せいたかどうじ)

不動明王の脇侍で矜羯羅童子(こんがらどうじ)と対になる。不動八大童子のひとり。性悪をあらわすものとされ像はおこった紅蓮の顔につくられる

 

 矜羯羅童子・金伽羅童子(こんがらどうじ)

八大童子の一。制?迦童子(せいたかどうじ)とともに不動明王の脇侍。像は童形に表され合掌して金剛杵(こんごうしょ)を親指と人さし指の間に横に挟んでいる。

 

 仁聞・人聞(にんもん)仁聞菩薩(にんもんぼさつ)

奈良時代の僧。8世紀はじめ豊前・豊後の六郷山をひらいたと伝えられる。また宇佐神宮の神が人聞菩薩としてあらわれたものとする説もある。

 

 六観音(ろくかんのん)

六観音は六道輪廻の思想に基づき、六種の観音が六道に迷う衆生を救うという考えから生まれたもの。地獄道 - 聖観音、餓鬼道 - 千手観音、畜生道 - 馬頭観音、修羅道 - 十一面観音、人道 - 准胝観音、天道 - 如意輪観音とされる。天台系では准胝観音の代わりに不空羂索観音を加えて六観音とする。

 

 空也(くうや)

903〜972年、平安中期の僧。諸国を巡歴して南無阿弥陀仏の名号を唱え、教化に努めながら道・橋・寺などを造り、市の聖(いちのひじり)・阿弥陀聖(あみだひじり)と呼ばれた。京都に西光寺(のちの六波羅蜜寺)を建立。

 

 真言宗醍醐派(しんごんしゅうだいごは)

真言宗の一派。古義真言宗に属する。総本山は醍醐寺。修験道の一派、当山派の中心でもある。

 

 衛門三郎(えもんさぶろう)

四国お遍路をした最初の一般人で、伝説上の人物ともいわれています。

 

 仏足石(ぶっそくせき)

インド初期仏教では仏像は造られず法輪、菩提樹、塔などを拝んだ。仏足石も崇拝対象の一つ、足裏に千輻輪宝、金剛杵、双魚紋などの図がある。

 

 錫杖(しゃくじょう)

僧侶や修験者が持ち歩く杖。頭部は塔婆形で数個の環がかけてあり、振ったり地面を強く突いたりして鳴らす。

 

 独鈷(どっこ)・独鈷杵(とっこしょ)

密教で用いる法具、金剛杵(こんごうしょ)の一種。鉄製または銅製で両端がとがった短い棒状のもの。

 

 大通智勝如来(だいつうちしょうにょらい)

仏教の如来の一尊で妙法蓮華経の第三巻の化城喩品第七で説かれる如来のこと。釈迦の師となる如来である。

 

 知証大師(ちしょうだいし)円珍(えんちん)

814〜891年、平安前・中期、天台宗寺門派の開祖。天台座主。母は空海の姪という。853〜858年唐で修学。帰朝後、延暦寺別院として園城寺(おんじようじ)を再興。台密を完成させた。

 

 理源大師(りげんだいし)円珍(えんちん)

832〜909年、平安初期の真言宗の僧。諸国を遊歴して修行し後世、修験道の中興と称された。醍醐寺・東大寺東南院などを建立。東密小野流の祖。

 

 毘盧遮那・ 毘盧遮那仏(びるしゃな)盧舎那仏(るしゃなぶつ)、遮那仏(しゃなぶつ)

大乗仏教で蓮華蔵(れんげぞう)世界に住し、その身は法界に遍満し、身光・智光の大光明で全宇宙を照らす仏。真言宗では大日如来、天台宗では法身仏、華厳宗では報身仏をさす。

 

 真言宗善通寺派(しんごんしゅうぜんつうじは)

真言宗の新義真言の一派。1931年(昭和6年)真言宗小野派の宗規を改正して真言宗善通寺派と改称した。古義真言宗に属する。総本山は善通寺。

 

 阿しゅく如来(あしゅくにょらい)

仏教の如来の一尊。西方極楽浄土の阿弥如来と並んで、東方に住む大乗の仏様。

 

 後三世明王(ごうざんぜみょうおう)

五大明王の一尊。東方に位し3世にわたる三毒を降伏させるところからこの名がある。像は普通三眼で四面八臂、怒りの表情をし火炎を背に負い足下に大自在天と烏摩妃(うまひ)を踏みつける姿に表す。

 

 臨済宗南禅寺派(りんざいしゅうなんぜんじは)

日本仏教の一宗派。臨済宗一四派の一つです。1291年、無関普門により始まる。本山は京都の南禅寺

 

 法相宗(ほっそうしゅう)

中国一三宗・南都六宗の一つ、日本へは653年道昭により初めて伝えられた。元興寺、興福寺を中心に奈良時代に盛んに行われた。現在の本山は興福寺と薬師寺。

 

 華厳宗(けごんうしゅう)

大乗仏教の宗派のひとつ。開祖は杜順。日本仏教における華厳宗は、審祥により736年に伝えられた。南都六宗の一つ。

 

 八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)

八幡神に対して奉られた菩薩号。奈良時代に始る神仏習合から起った称号

 

 五百羅漢(ごひゃくらかん)

釈迦没後、第一結集または第四結集に集まった、五百人の阿羅漢(あらかん)また、その人たちを祀った所。

 

 十六羅漢(じゅうろくらかん)

仏教の正法を護持し衆生を導くという一六人の羅漢。賓度羅跋羅惰闍(ひんどらばらだじや)・迦諾迦伐蹉(かだくかばさ)・迦諾迦跋釐堕闍(かだくかばりだじや)・蘇頻陀(そびんだ)・諾矩羅(なくら)・跋陀羅(ばだら)・迦理迦(かりか)・伐闍羅弗多羅(ばしやらふつたら)・戍博迦(じゆはか)・半?迦(はんだか)・羅怙羅(らふら)・那伽犀那(なかさいな)・因掲陀(いんかだ)・伐那波斯(ばなばし)・阿氏多(あした)・注荼半?迦(ちゆだはんだか)。第一の賓度羅跋羅惰闍は日本では一般に「おびんずるさま」と呼ばれている。

 

 閻魔(えんま)閻魔大王(えんまだいおう)

亡者の罪に判決を下すという地獄の王。笏しやくを持ち、中国の道服を着、怒りの相をあらわした姿で描かれる。もとインド神話中の神で祖霊の王。

 

 司命(しめい)

中国において北斗七星の桝の上部にある星座文昌宮六星の第4星を司命という。人間の寿命をつかさどる天神と考えられた。道教では人間の寿命台帳を管理し、人間の行為の善悪を監視する三尸虫(さんしちゆう)や竈神(かまどがみ)の報告に基づいて寿命の増減を行う神と考えられた。

 

 司録(しろく)

中国において北斗七星の桝の上部にある星座文昌宮六星の第6星を司禄という。司命とともに冥府を代表する役人。司命は生前の罪状を読み上げ、司録は筆と経巻を執りそれを記録する姿にあらわされる。